悪魔と恋をしましょう
ベルゼブブは上機嫌だ。
自分が王子様のように見えるのを充分知っていて、だからこそ容姿には自信がある。こんなふうに主に女性から憧れの眼差しをたくさん向けられて、プライドがくすぐられていた。
しかし。
「……ベルゼブブさん、得意気ですね」
佐隈の眼差しには少しあきれているような色があった。
けれども、ベルゼブブはそれに気づかない。
「ええ」
明るい笑顔で佐隈にうなずいて見せる。
「まわりのひとびとの眼が私の優れた容姿を称賛しています。気持ちのいいものですよ」
「謙譲の美徳という言葉をご存じですか?」
「ああ、日本人らしい言葉ですね。ですが、私は日本人ではなく魔界のあ……ぐほっ!!??」
胸を張って堂々と、魔界の悪魔、と言おうとしたところで、ベルゼブブは苦痛の声をあげた。
ベルゼブブの腹に佐隈の肘による会心の一撃が打ちこまれたからである。
「なっ、なにを」
「声高らかに物騒なことを言わないでください」
抗議しようとするベルゼブブをさえぎって、佐隈は低い声で言う。
「ベルゼブブさん、自分が目立っているのをよく知っているんでしょう」
佐隈は声をさらに小さくした。
「それなのに、自分は悪魔、だなんて」
「あ……」
ベルゼブブは自分が悪魔であることに誇りを持っている。
けれども、それと、自分が悪魔であることを人間界で公言することは、別だ。
軽率だったとベルゼブブは反省し、手荒な方法ではあるが止めてくれた佐隈の思いやりに感激した直後。
佐隈が冷静な声で告げる。
「頭のおかしいひとだと思われますよ」
「……たしかに」
ここで自分は悪魔だと宣言した場合、本当に悪魔だと信じる者より、自分が悪魔だと思いこんでいるおかしなひとだと判断する者のほうが多そうだ。
「で、でも」
ベルゼブブは小声で言う。
「私は魔界……い、いえ、私の地元でも、私の容姿は優れているほうで、幼いころからまわりから褒められ、それに対していちいち謙遜するのは面倒なぐらいだったんです」
「へえ」
たいして関心のなさそうな顔で佐隈は相づちを打った。
「そんなことより、次に、どこに行くんですか?」
今は、夕食には少し早い時間に軽い食事をしたあとである。
「ああ」
話題が変わり、ベルゼブブはぱっと顔を輝かせた。
「デートといえば、観劇でしょう」
意気揚々とベルゼブブは佐隈の質問に答える。
「できれば、あなたの家まで馬車で迎えに行きたかったんですが、残念ながら馬車の手配ができませんでした」
「……いえ、残念じゃありません。馬車で来られなくて良かったです」
マンションに馬車が横付けされ、その馬車からベルゼブブが赤い薔薇の花束を持って颯爽と降りてきて、周囲の視線を集めまくりながら佐隈の部屋へと向かう。
そんな光景を想像した佐隈の顔に影が落ちた。
「いつの時代のデートですか。というか、それ日本のじゃないです」
そう佐隈に言われ、ベルゼブブはハッとした表情になった。
「日本のデートと言えば、私は紋付き羽織袴でなければいけなかったんですね!」
「ええと、どこからツッコミを入れれば。とりあえず、まず、ベルゼブブさんの家紋って……?」
「もちろん高貴なる生き物です」
「ハエですか」
「はい」
ベルゼブブは深くうなずく。
「そして、さくまさん、あなたは振り袖を着て、私たちは和室で対面し、庭には、竹がカッコーンと鳴る、あの」
「鹿威し、ですね」
「そうそう、そのシシオドシの聞こえる部屋で、ご趣味は、とか聞いたりするんでしょう」
「それはデートじゃなくて、お見合いです」
きっぱりと佐隈は間違いを指摘した。
だが、ベルゼブブは平然としたままでいる。
「私はあなたと結婚を前提としたおつき合いをしたいと思っています。だから、お見合いでもいいです」
「結婚を前提……」
佐隈は遠い眼をした。
「……いきなりそこまで飛びますか」
「あ、さくまさん、劇場が見えてきましたよ」
ほがらかな声でベルゼブブが告げると、佐隈の視線がベルゼブブのほうにもどってきた。
ベルゼブブは佐隈の眼差しを受け止めつつ華やかに笑い、右手をすっとあげ、その手のひらを優雅に動かして前方をさした。
さした先には劇場があり、ポスターが貼られている。
「ミュージカルを楽しみましょう」
ポスターには「美女と野獣」とタイトが書かれていた。
作品名:悪魔と恋をしましょう 作家名:hujio