悪魔と恋をしましょう
しばらく間があった。
そして。
「さくまさん!?」
ドアの向こうからベルゼブブの驚いている声が聞こえてきた。
「なぜドアを閉めたのですか!?」
「……それにお答えするまえにおうかがいしたいんですが、どうして、召喚していないのに、魔界にいるはずのベルゼブブさんがここにいるんですか?」
「私がさくまさんに逢いたいと思えば、モーゼのまえにあった海が割れたように、道はひらけるのです!」
「意味がわかりません」
「……正確には、今年は魔界と人間界が一番重なる年なので、召喚されなくても魔界から人間界に来られたりするのですよ」
「なるほど」
そういえば、依頼人の娘が魔界に迷い込んでアザゼルの家に連れていかれ、さらに自力で魔界から人間界にもどってきたことがあった。
「事情はわかりました」
「そうですか」
ほっとしたようなベルゼブブの声。
しかし、佐隈はあくまでも冷静に告げる。
「では、魔界にお帰りください」
「なぜですか!!??」
「私はベルゼブブさんとデートする気はありません。だから、帰ってください」
「嫌です! 帰りません!!」
ドアの向こうでベルゼブブは断固として拒否した。
それから、佐隈が反論するよりまえに、ベルゼブブは言う。
「もし、佐隈さんがこのドアを開けてくださらないのなら、私はこのドアのまえに座りこんで、泣き続けます!!!」
佐隈は思い出した。
過去にベルゼブブが涙した場面を。
そして、思う。
このペンギン、いや、この悪魔は本当に泣く。
そして、想像してしまった。
やたらと目立つ外見をしているベルゼブブが、佐隈の部屋のドアのまえで膝をかかえて座り込み、しくしく泣いている光景を。
かなりうっとうしい光景だ。
それに、「あの部屋の住んでいる女子大生は男泣かせ」というウワサが広がりそうだ……。
佐隈は苦渋の選択をした。
「わかりました」
そう言って、重い表情でドアを開ける。
ふたたび、ベルゼブブの姿が見えた。
「ああ、私の真心がさくまさんに通じて良かったです!」
ベルゼブブは満面の笑みを佐隈に向け、声を弾ませて言った。
冬であればすっかり暗くなっている時刻だが、今は初夏なのでまだ明るさが残っている。
ベルゼブブと佐隈は街を歩いていた。
中身は乙女が入っていても見た目ではわからないので、ベルゼブブは街ゆく人々の視線を集めていた。
作品名:悪魔と恋をしましょう 作家名:hujio