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落ちる

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エースが握っていた手を引っ張って抱き上げようとするのを断る。今は頼りたくない。でも、握った手は離さない。先に渡り始めたエースに付いて行こうとするのだが、足が動いてくれない。二人の繋ぐ手が限界まで離れると、

「ほら、どうするの?」

と聞かれた。アリスは震える声で答える。

「あ・・・・今行くから、焦らさないで。」

だがしかし、踏み出そうとする足は意思に反して動かない。青い空が赤に塗り変わって行く。
引き返して来たエースは、何も言わずにアリスを抱き上げるとさっさと橋を渡る。強く赤のコートを握るアリスに、エースがそっと囁いた。

「認めてしまえばいいのに。」

「何を?」

「さあね・・」

直ぐ近くでエースの笑う横顔を見た途端に、胸が苦しくなって目を逸らす。心の中で勘違いと呪文のように繰り返す。如何して心は思い通りになってはくれないのだろう。元の世界に帰るのだから、此方の世界に未練など残したくはない。それでないと元の世界に帰ってから此方の世界に心を馳せるという矛盾が起こってしまうではないか。私の世界はあちら側。忘れてはいけない。この男との冒険も一時的なお付き合い。そう割り切らなければ。


アリスの手を引きながら坂道を登る。歩くペースが落ちている。随分息が切れているようだ。
彼女には、このままずっと一緒に旅を続けて欲しいと思う。今までは、ただ漠然と、そうだったら良いのにと考えていた。でも自分は知ってしまった。先刻、落下の途中で必死に縋り付いて来たアリスを思わず抱き締めた。別に、落下のせいで心拍が速かったわけでも興奮していたわけでもない。そうではなく、恐怖に強張った必死の形相の彼女が、自分を求め縋り付いた途端に安堵の表情に変わったのだ。本音を前面に出しては来ない彼女が見せた紛れもない本音。護りたいと強く思った。初めて、己の中に自分の手で自分以外の者を護りたいという気持ちがあることを知る。
アリスを食べたいと言ったのは、あながち嘘ではないのだ。本当に食するという趣味は勿論無いのだが。体内に取り込んだ食物が、消化吸収されて身体の一部として細胞の一つ一つにまで同化してゆく。エースは自分の中に彼女をそのように刻み込みたいと思っただけだ。そうして、彼女の中にも同じ様に自分を刻んで欲しい。

  帰るなら斬る

離れてしまって二度と会えない状況で、今はどうしているのだろうかと思いを馳せる事は苦痛だ。何も変わっては行かないこの世界に一人取り残されることは、きっと自分には耐え切れないだろう。それならばいっその事、自分の手で彼女を永遠に自分だけの物にしてしまいたい。思い出ならば変わることなく自分の中に存在し続けるだけだ。変わらない永遠に閉じ込めて、自分だけがひっそりと想う。

「大丈夫か? アリス。」

振り返るエースの視線がアリスの瞳と出会う。いつもより血の色に近いと感じる瞳は、赤の時間帯のせいかと思うアリスだった。綺麗だと思う。目が離せない。直ぐ目の前に、お互いの息が絡み合うほどに近づくエースの瞳から。


作品名:落ちる 作家名:沙羅紅月