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色とりどりの想いをこめて

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 妙にフレンドリーなクッパと姫は、僕を差し置いて談笑を始める。いけない。このままじゃ、本当にクッパに姫を取られてしまうかもしれない。そんなことはありえないと分かっているけども、二人のほのぼのとした空気に割って入るように、僕は話題を変える。
「ところで、どうしてまたクッパの城にこんな花畑があるんだ?ていうか、この花は何?チューリップ、でもないし」
「ふん、お前この花の名前も知らんのか?呆れたやつだな!」
「うるさい!だいたいおまえだって」
「これは、ポピーという花ですわよ、マリオ」
またもや始まろうとした僕とクッパのケンカを、やはり穏やかな声でぴたりと制し、姫は花畑を見渡した。押し黙った僕とクッパも、姫の視線につられて花畑を見渡す。
 見渡す限り、一面に広がるポピー。それこそ、チューリップにも負けない、色とりどりに咲いた花は、ここがクッパ城の中庭だということをすっかり忘れさせてくれるほど、美しかった。いつも雷がなっているはずの空は嘘のように晴れ渡っていて、優しい風に揺れる花を、穏やかに照らしている。
「このお花畑はね、わたくしと、クッパと、クッパ城のみなさんで手分けして作ったものですの」
「みなさんでって……まさか、さらわれて、僕を待っている間に?」
「そうなりますわね。ごめんなさい、マリオにはひどいことをしてしまいましたわね」
 ごめんなさい、と詫びの言葉を紡ぐみずみずしい唇は、それでもどこか楽しそうだったので、僕は姫を責める気にもならなかった。
「すこし退屈だったので、わがままを聞いていただきましたの。せめて、待っている間はお花畑で遊んでいたいって。そうしたら、それじゃあみんなでつくろうというものですから、つい」
「うむ、去年のいまごろの話だな」
「そうですわね。で、そのときに言いましたのよ。ちゃんと頼んでくだされば、いつでも遊びに来るって。それで昨日、ポピーが咲いたから見に来て欲しいと誘われたものですから」
「……そう、なんですか」
 空気を換えるために話題を変えたのに、あいかわらず楽しそうに会話を続ける姫とクッパに、僕はそれ以上何も言えなくなった。僕が必死にクッパ城を目指しているときに、そんなことをしていたということも、僕の知らないところで、そんな会話が交わされていたということも、怒りを通り越して、諦めに変わる。そんなことでいちいち怒っていたら気が持たない。なんせ、姫はそういう人なのだから。
 どんな逆境も苦難も、いとも簡単に楽しいことに変えてしまう。幸せを振りまいて振りまいて、誰彼かまわず、自分のペースに巻き込んでしまう。なにも言えないじゃないか。だって僕は、姫のそういうところを愛しているのだから。
「そういうわけだ。ま、キサマも来てしまったからには仕方がない。ゆっくりしていけ!」
 お茶の用意をさせてくる、とクッパはその場を去り、城の中へと戻っていった。
「ゆっくりもしてられないんだけどなぁ」
 いまごろキノコ城はどんな騒ぎになっているだろう、と僕は思いを馳せた。まぁ、いつものことだし、もうそんなに慌ててはいないと思うけど、あまり長居するわけにもいかない。それに、ここはほかでもないクッパ軍団の本拠地だ。クッパがああいっているところで、完全に信用できるわけではない。僕が一人物思いにふけっていると、不意に、目の前に一輪の赤いポピーが差し出された。
「はい、マリオ」
「……?」
 その意図が分からずに困惑していると、ピーチ姫は小首をかしげて微笑んだ。背後で、七色の絨毯が揺れる。
「ポピーの花言葉は、陽気で優しい、とか、思いやり、とかなの」
 花言葉。そういえば、同じく花が好きなルイージも、庭に咲く花の花言葉を調べては楽しそうにしていたことを思い出す。僕には花言葉の魅力というものがよく分からないが、花が好きな人にとっては、それもまた魅力的なのだろう。
「私が、どうしてこのお花をたくさん植えたか、分かる?」
「え?」
「まるで、あなたみたいだからよ。そう思わない?マリオ!」
 そう言って、僕に花を渡しながら、無邪気にはにかんでみせる姫は、先ほどまでの上品な口ぶりではなくなっていた。まるで、ちょっとおてんばで、怖いもの知らずで、幸せいっぱいの少女のような、僕が愛するピーチが、そこにいた。
「マリオみたいな花がクッパ城にたくさんあるんだから、心強いわ」
「まったく、あなたって人は……」
 受け取った花をじっくりと見てみる。ぱっと開いたその花は、きれいな赤い色をしていて、明るくて、元気で、陽気で、確かに僕に似ていた。
「おーい!お茶が入ったぞー!!」
 花畑の向こうからクッパが僕たちに向かって手招きした。あのクッパが僕らと一緒にお茶をするなんて考えられないようなことだが、クッパをこうさせたのも、きっとピーチ姫のおかげなのだろう。
 姫がさらわれて、僕が助けに行って、クッパと死闘を繰り広げる。そんな出来事の繰り返しの中にぽつぽつと存在する、いつもとはちょっとちがうこうした出来事は、僕の中の、クッパや姫に対する印象を、少しずつ、少しずつ変えていってしまう。もちろん、とてもいい方向に。
「早く来ーい!」
クッパが叫んでいる。「今行きますわ」と優雅に手を振って返す姫は、それからもう一度僕に向き直った。
「ところでマリオ、ポピーには他にも色々な花言葉があるのよ」
「え、そうなんですか?」
他には、どんな?そう問い返すと、イタズラ好きな魔法使いは、花畑の中を駆けていきながら笑った。
「忘れちゃった!あとで調べてみて」

 陽気でやさしい、思いやり、か。それならその他の花言葉も、きっとそういった優しいものであるにちがいない。あとでルイージに聞いてみよう。
 楽しそうに花の中を進んでいく姫の背中を追いかけながら、僕はそう思った。