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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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 闇に破壊音がひびき渡った。ついで、差し込んだ光を感じる。閉じたままの瞳でもわかるほどの眩しさ。開け放たれた扉から流れ込んで来る新鮮な空気。それだけでも、涸れた喉を潤した。
 多くの人の気配とざわめき。雑多な感情の波と共に押し寄せてくる。けたたましく吠える犬の鳴き声のようにしか聞こえなくて、人の言葉だと理解するのに時間を要した。
 そこかしこで上がる憎悪にも似た激しい感情の炎に焼かれそうになる。もうすでに腐った海と化した彼らにやり場のない憤怒と憐憫、哀悼を捧げる者たち。どうやら、己を閉じ込めた獣たちとは違うらしいのだと理解する。
 だが、彼らもまた同じ生き物だと思うと、己の存在に気づくことなく、このまま立ち去ってくれればと願った。あと僅かで立ち消える命だ。もう人間の醜さも悲しさにも触れたくはない。憎しみという感情に狂うことのないまま、この世界から立ち去りたかった。
 けれども、それは赦されないらしい。淡い光に包まれた者が私に近づいたのだった。
 それは透明な水のような静かな気配でありながら、何もかもを押し流すかのような激情を抱く者だった。輝くばかりに天高く飛翔する強き翼を持ちながら、奈落の底へと続く深淵に佇み、今にも踏み外しそうな危うさを兼ね備えた者。
 そして、深い慈愛に満ちた精神のままに涙する者の手が、私を腐泥の中から掬った。絶望と恐怖と憎悪を糧とした穢れた命。ここで潰えるはずだった私を。
 彼の者は死に損なった私の命に涙しながら、奇跡のように感謝していた。

 ――違う。

 可能ならば伝えたかった。彼に。感謝されるほどの命ではないのだということを。『生きる為に』生きていたわけではなく『死ぬ為に』生きていただけなのだと。

 そう……。
 私の命は与えられたのだ。
 たった今、この瞬間に。

 私を包み込んだ小宇宙が、無限の愛のように深く、奥深く侵入し、優しく私の中で広がりながら、血脈となって全身を駆け巡った。
 彼が私に新たな命を与えたのだ。
 だから、生殺与奪の権は私にはない。彼だけがその権利を有するのだ。それゆえに私は――彼が望むまま、バルゴにこの命を捧げた。
 けれども、許されるのならば。
 本当はずっと、私は私のままで、彼の――サガのそばに在りたかった。