春の嵐
◇ ◇ ◇
――週が明けて、月曜日。
「香穂子。今度、山手の合コンがあるんだけど、どう?」
星奏学院大学に、今日も下田の脳天気な声が響く。
「え……またやるの?」
あの後、吉羅が部下を使って一通りの調査を行ったが――彼が予想した通り……下田と上条は、事の真相を何も知らず、港南の二人との間にも特別な関係はなかった。
世の中には知らない方が幸せなこともある。
この一件に関して香穂子は、直接的な被害者ではあるものの沈黙を貫くことにした。
「ごめん、私はパス」
「あーやっぱり……香穂子は本当に奥手だよね」
「そう言う紗耶香は、上条君のことが好きなんでしょう?」
香穂子のストレートな指摘に下田は頬を赤らめる。
「そ、そうだよ……ね、だから協力してよ。香穂子だって好きな人を作れば……」
先日の金澤の言葉が、香穂子の脳裏を過ぎった。打ち明けるなら、きっと今がその時だ。「あ、あのね。実は私……」
「――あっれー? 金やん!?」
「よっ、下田。元気そうだな」
やっと固まった香穂子の決意は、当人の登場という予期せぬ事態により、あっさりと挫かれた。
「先生……どうして……」
「香穂子。お前さん、昨日、こいつを家に忘れていったぞ」
金澤はいつもながらの飄々とした口調でそう言うと、紙袋を差し出す。中に入っているのは彼女の化粧ポーチだった。
「あ……そうだ……」
「男にはよく分からんが、ないと不便なんだろう? 貴重な昼休みを犠牲にしてまで届けてやったんだ。彼氏冥利に尽きるってもんだな」
「へ……彼氏? 家……?」
下田がぽかんとした顔で、金澤と香穂子を交互に見遣る。
「紗耶香。私、あのね……」
「彼氏って……香穂子、まさか……」
「おっと、突っ込まれる前に断っておくが、交際を始めたのは、こいつが卒業してからだぞ」
驚きで目を丸くして口をパクパクされる下田を横目に、金澤はやはり棒立ちになった香穂子の肩を叩いて断言した。
「香穂子、今夜は時間あるか? ちと買い物に付き合え」
「え……あ……」
「駅前に六時な。後でメールする」
一方的に用件を伝えると、金澤はジャケットの背を向け、足早に立ち去る。
後には呆然とした女子二人が残された。
目の前で信号が替わり、横断歩道の前で足を止める。
「もう、少しは考えてくださいよ。あの後、説明するのが大変だったんだから……」
香穂子が頬を膨らませて、金澤を見上げた。
「お前さんのことだ。中々言い出せなくて、悩んじまうと思ってさ……俺なりに考えた結果だったんだがなあ」
悪びれない調子で金澤が笑う。あながち、彼の指摘が外れていないところが、余計に悔しかった。
「先生、買い物って……一体、何を買うんですか?」
「ん……? お前さんのお守りだ」