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春の嵐

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 金澤が香穂子を連れて向かった先は、港湾スクエアだった。
 迷いのない足取りで、ジュエリーショップに入ると、ファッションリングのコーナーに立つ。
「どれでも好きなやつを選べ。買ってやる」
「え? そんな……急に言われても……」
 予想だにしない事態に困惑し、それでも香穂子の大きな瞳は、ショーケースにずらりと並んだ指輪の海を泳いでいた。
「お、アクアマリンか……いいんじゃないか」
 そんな彼女の目線を追い掛けて、金澤は口元を弛める。
 香穂子の輝く瞳が見つめていたのは、ハート型にカッティングされたアクアマリンが飾られた銀色のリングである。
「アクアマリンは、昔から魔除けの力を持つと言われている宝石ですね。三月の誕生石でもあります」
 女性店員がにこやかに微笑んで、簡単な説明をした。
「三月……先生の石だ」
「よし、気に入ったなら、これにするか?」
 金澤の言葉に笑顔で頷いた香穂子であるが、指輪ならではの問題に直面し、眉根に皺を寄せた。
「あっ、サイズ……」
「そういや、お前さんのサイズ知らなかったな。何号だ?」
 指輪の場合、どの指に嵌めるかで、その意味合いが大きく異なる。異性に贈られるとなれば、尚更だ。
「えーっと……」
 広げた自分の左手をじっと凝視したまま、香穂子は戸惑いの言葉を口にする。
「ほれ、この指だろ。サイズが分からないなら、測ってもらえばいい」
 そう言って、金澤が摘んだのは、薬指だった。
「え……」
 いいの? と問い掛ければ、大きな彼の掌が頭を撫でる。
「ここに嵌めないと意味がないだろう? ……ああ、ヴァイオリンを弾くときは、右手に嵌め直した方がいいかもな。念のために右手も測ってもらっておくか?」

「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
 ジュエリーショップの小さな紙袋を片手に、香穂子は隣を歩く恋人の腕に自分のそれを絡めた。
「悪魔に効くかどうかは分からんが、虫除けぐらいにはなるだろう。常に傍にいてやれないからな……せめて指輪ぐらいは一緒にいさせてくれや」
「はい、私の大切なお守りです。ずっと嵌めていますね」
 交際が発覚した以上、しばらくの間は、周囲の人間に冷やかされることだろう。だが、自分はひとりではない。この指輪を嵌めていれば、きっと彼が守ってくれる。
「……今はまだ、歌の方は相変わらずな状態だし、先の見通しだって、立っちゃいない……」
 金澤は不意に立ち止まると香穂子の左手を取った。その薬指には、アクアマリンがきらびやかに輝いている。
「別にお前を束縛したいとか、そういうわけじゃないんだ。だが……この指だけは、予約させてくれないか?」
 きまりが悪そうに言う彼の表情は、心なしか照れているようにも見えた。
「はい。私の薬指は、先生だけのものです」
 金澤の言葉に、香穂子ははっきりと頷く。
 薬指にダイヤモンドが輝く日が訪れるのは、そう遠くない気がした。

 <Fine>
作品名:春の嵐 作家名:紫焔