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戦争の終わり

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「おい、ノミ蟲、大丈夫か」
 呼ばれて、目が覚めた。見下ろしているのは金髪サングラスのバーテン服。咄嗟に起き上がろうとする、がどこにも力が入らず、そして自分が布団に寝かされている状況を知る。左腕には不器用ながらに巻かれた包帯、上半身は裸であるがきちんと布団が掛けられている。
「なんで、シズちゃんが」
「なんでも糞もここは俺の家だろうが」
 不機嫌な顔を隠しもしない癖して、平和島は洗面器に氷水をひたひた、タオルを濡らして額にあててくれる。脂汗でじっとりした顔が、少し爽快。その心地にしばし浸っていた折原だが、何しろ自分は動けない上に平和島が布団の横で胡坐をかいている、ともすれば絶体絶命の状況である、逃走方法を考えた、が動けないのだから諦めるしかない、ナイフだってコートのポケット、丸腰で圧倒的な暴力に勝てるはずも無い、無益な思考を打ち切って、不機嫌な平和島をじっと見上げた。先ほど見ていた夢に、彼が出てきた気がするのだが、如何せん貧血の脳では雲を掴むように忘れてしまう。諦念、天井を見上げて体調を確認。左手は酷く痛むが指先まで動きは良好、他の部位も少々の痛みと疲れ、そして発熱による倦怠以外に異常は無い。熱っぽい瞳が、ぼうっと歪む。視界の端で、平和島が座を直し、タオルを額から取って、またひたひた洗面器につける。ぴちゃり、水音が響く静けさ。
「……死なねぇ、よな」
 タオルを額にあてながら、平和島の乾いた唇から漏れた呟きに、さすがに折原は耳を疑った。平和島静雄が震えていた。震え、怯え、そして恐れている? 何よりの願いだったはずであろう、互いの存在を消す為に何百回も殺し合いの喧嘩を繰り返してきたというのに? 折原が死ねば平和島は喜ばねばならない。反対に平和島が死ねば折原は喜ぶのだから。喜ぶ、本当に? 左腕がじくじくと熱を持ち、折原の身体を蝕む。先ほど、同様の気持ちを体験したような、追経験しているような既視感。あの時、それがどの時かは今はどうだって良い、あの時、この左手が動かなければ、互いの死を喜ぶような、喜ばねばならないような、そんな関係は生まれなかったのではないか。あるいは、あの時、重ねて言うがいつだって良い、あの時、もし何かが少し違っていれば。
 一言でも発さねばと思うのに、熱が喉まで侵食して、掠れた声しか出なかった。それでもか細い音でも、平和島を振り向かすには十分である。サングラスを押し戻す、指が震えて様にならない。どうして、あの圧倒的な暴力がこんなにも腑抜けてしまった? 折原が不法侵入して風呂場を血だらけにして倒れていた、その光景はこの喧嘩人形にそれほどまでに影響を与えたのか?
「ねぇ、水、欲しい」
 途切れ途切れの掠れた単語に、平和島が反応する。ミネラルウォーターなんて期待してはいけない、彼はコップに水道水を注いで持ってきた。ストローも常備していないだろう男の一人暮らし、折原は起き上がるしかないかと思う、しかし平和島は予想を裏切る行為を、した。即ち、水を自ら口に含み、折原の口へ、という。押し付けられた唇は乾燥して荒れている、流れ込んできた水が冷たくて心地よい、思考を、そもそも熱で思考なんて崩壊している、思考を超える現象に実に素直に折原は水を飲み込んだ。もっとか、と問われて首を振る。平和島は照れたのかそっぽを向いて、直にセルティが新羅を連れて来るから、と壁に対して説明した。
 折原は唐突に理解する、否、ずっと知っていたのに気付かないふりをしていた、平和島の死に、自分は喜ばない。そして、その逆も。
「死なない、よ」
 喉は熱にやられていた。脳もきっと溶けていた。左腕は変わらずじくじく痛むし、タオルはもう温くなっている。けれど水の通った口腔は異常に爽やか。怪我が治っても、おそらくもう殺し合いなんかしないだろう。喧嘩が殺し合いになって、それが現実になる恐怖を二人は知ってしまった。
 あの日開戦した戦争は、今日、確かに、終わったのだ。
作品名:戦争の終わり 作家名:m/枕木