戦争の終わり
気付くと教室で、教室ということは学校で、更には授業中である。折原は非常に現実主義者であるからして、すぐにそれが夢だと気付く。日本史の、平安時代の女流作家、朗々と説明する教師の長話も、あと三十秒で終わりのチャイム。思考反応は鮮やかである。詰まらない夢だと窓をのぞくと、空はどこまでも灰色だが、遠くに浮かぶ入道雲にどこか見覚えがある。嗚呼、そうか、折原は悟った。これは「平和島静雄」と初めて会った日の記憶である、気付くと折原は無性に笑いたくなる、そういえば現実において自分は平和島の家で死に掛けているではないか、入道雲の、その向こうに、チャイムが鳴れば人が飛ぶ。平和島の怪力に、惜しみない拍手を送り、そして最悪な初対面、殺し合いに発展する予定調和が過ぎる未来。なんだ、これは走馬灯か? だとすれば自分は死ぬのだろうか。死体を平和島に最初に見せ付けるなんて、人生の最期まで彼に嫌がらせを続けるとは、なんと自分らしい。顔を埋めて笑いを堪える、と、いつの間にかチャイムが鳴ったようで、折原は運動場の朝礼台の上に座っていた。隣には新羅が居る。そして、目の前には、平伏されてひしゃげている人の群れと、絶対的な加害者。さあ、拍手をせねばならない。挑発的に手を叩き、皮肉な笑みを浮かべる、ただそれだけで良い。開戦の合図は彼が出す。戦争は始められるのだ。簡単な事象だ、だのに、現実で怪我をしているからだろうか、左腕が震えている。それどころか、右腕もうまく上がらない。目の前に、彼が居るというのに、意識は朦朧、視界はどんどん狭くなり、額には脂汗、現実ではもう事切れる寸前なのかという不安さえ起こり、笑みを浮かべて拍手をする、単純な動作をとてもとても困難と化していた。新羅が喋りかけてくる、応答さえ的を得ない。ぽつり、ぽつり、地面には赤い斑、左腕から血が流れ出す、脂汗は冷や汗に変わり、持ち上がらない腕も震える身体も、自分の制御下から外れてしまった。ただ一つ、狭まる視界に唯一見える、正面の彼、平和島静雄、起きている間も、夢の中でだって、この名前を呪いみたくずっと唱え続けている、彼が、血の滴る左腕を見て、そして。