Golden Wing
side E
「ごめんなさいね、エドワード君」
朝から隙のない容貌の副官が、その上官には滅多に見せることのない穏やかな表情で出迎えた。
「今会議中で大佐はしばらく戻られないの。悪いけど執務室で待っててもらえるかしら?」
「うんわかった、中尉。連絡しなかった俺が悪いんだし」
こちらも後見人でもある上官には見せたことのない素直さで少年は頷いた。
「後でお茶を持っていくわね」
「お構いなく~」
にっこり笑って模範的な受け応えをすると、エドワードは執務室へと向かった。
ホークアイはその様子を微笑ましげに見遣ったが、すぐに表情を改めると何やら思案げな様子で足早に去っていった。
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「お邪魔しますよーっと」
不在だと承知している為か少年はぞんざいに声を掛け扉を開けた。・・・もっともこの部屋の主がいるとわかっている時には、声を掛けてから扉を開くなどした試しがないのだが。
重厚な雰囲気の室内は分厚い扉を閉めてしまうと一層シンと静まりかえる。
空気まで重いように感じてエドワードは微かに眉を潜めた。
「なんか暑くね?」
誰に問うでもなく呟くと緋色のコートを脱いで、ばさりと手近なソファーの縁に掛ける。勢いで黒の上衣も脱ぎ捨てると、どかどかと大股に執務机を通り過ぎて窓辺へと進んだ。
バタンと豪快に窓を開けると爽やかな風が吹き込んだ。窓を開けた方が過ごしやすいくらいの季節だ。
うーんと伸びをすると、エドワードは青々とした若葉の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
窓の外には木々の緑に零れる日差し、どこからか鳥の声まで聞こえてくる。見上げれば抜けるような青い空にぽかりと浮かんだ雲の切れ端・・・。
おおよそ軍の施設とは思えないのどかな風景だ。
普段は仕事嫌い(とエドワードには見えている)の上官が朝からずっと会議室に詰めているとなれば、緊急事態が起こっているか中央辺りのお偉方辺りに厄介事をふっかけられたか・・・。
街の様子も司令部内も緊迫した雰囲気は特になかったので―なにより中尉がいつもと変わりない笑顔だったので―大方後者に違いない。
平和だなー、と仰向いたままうーんと伸びをすれば、同時に盛大な欠伸がこみ上げてきた。
ソファーへ戻るとパタリと仰向けに転がり込む。
「そういやあんまり寝てないんだった・・・」
赤い石の情報を求めて西の外れの町まで行ったが当てが外れ、手持ちのネタも潰えてしまった。ひとまず情報入手と溜め込んだ報告書の提出のために、ここイーストシティまで夜行を乗り継いで戻ってきたのだ。
いつもの宿に荷物だけ置かせてもらい、アルは図書館へ自分は司令部へと逸る気持ちを抑えて取るものもとりあえず向かったのだ。
なのに・・・
「オレ様が来たってのになんでいないんだよ、無能」
逸る気持ちはいったい何に対してだったのだろう?
「女ったらし、エロ大佐、サボり魔、雨の日無能」
思いつく限りの悪態を呪文のようにつぶやいているとだんだん瞼が重たくなってきた。
「ばーかばーか、会議なんてちゃっちゃと終わらせて早くオレの相手をしにきやがれ・・・」
ほどなくしてその唇からは健やかな吐息しかこぼれなくなった。
作品名:Golden Wing 作家名:はろ☆どき