【パラレル】綺麗なワカメと間桐家と
「お兄ちゃん、ご飯持ってきたよー」
「ん、悪いな。そこに置いといてくれ」
軽いノックと共に部屋に入ってくる妹の声に、パソコンから目を離さずに答える。
調べ物の最中だ。仕方ない。
だから片手で食える物にしてもらったのだから。
「……何してるの?」
「調べ物」
後ろから画面を覗き込む桜に端的に答える。
桜に詳しく話す様な事じゃないからこれで十分。
何だかむくれているが、知らん知らん。
相変わらず画面から目を離さずに、食事へと手を伸ばす。お、サンドイッチか。うめえ。
しかしどうせ理解は出来ないだろうが、このまま画面を見られたままなのはアレだな……。
「……あ、そうだ。ちょっとカードのポイント貯まったから、何か交換してほしいのあったら言え」
言いながら、画面を切り替える。
そろそろ期限が切れそうだからな。
「私が決めていいの?」
「ああ。僕が欲しい物は特に無い」
「そう?それじゃ……えっとねー……」
真剣に画面に並ぶ交換出来る商品一覧を眺めながら桜が唸る。
「……お皿とかもあるんだね。おと……雁夜さん専用のお茶碗とか欲しいんだけど……この前欠けちゃったし」
「そういうのなら直に連れ出して買って来いよ。いい口実だろ?」
「だって、雁夜さんあんまり外出好きじゃないし……。私は家でも別に、一緒にいられればいいし」
そこで一旦言葉を切って、ぽつりと小さく、
「………ずっと」
呟く。顔を赤らめて、そんな未来を夢想しているのか、幸せそうに微笑みながら。
そんな事は知っている。結局それが一番のお前の望みだって事は。
けど、なぁ……。
「……お前はそう言い続けて何年経ったと思ってんだよ……」
「だ、だって……」
「そろそろ動かないとマズイだろ、高校生」
ごにょごにょ言ってる桜に溜息を吐いて、呆れた様に言ってやれば、うぅぅ……なんて唸って押し黙る。
「そんな悠長に構えてると雁夜狙いの誰かが出てきたりした時に何も出来ないでかっ攫われるぞ」
「そ、そんな事させないもん!!」
どうだかなぁ。アイツの原稿取りに来る編集の女とか、ヤバイんじゃね?あ、最近外人のイケメンに変わったんだっけ?まぁいいや。
「なら行動しろ行動!!お前折角オッパイ大きいんだから、抱きついて押し付けてやりゃいーんだよ!!アイツ初恋こじらせたドーテー野郎なんだから、きっといい反応するぞ!!」
「うわあ、お兄ちゃんのセクハラがひどい」
お前のその冷えた眼と棒読みもひどいぞ妹。
だが今更そんな事では怯まない。
びしぃっ!!と指を突きつけて、
「何言ってんだ!!そのでかい胸は武器だ!!凶器だ!!使ってナンボだろうが!!」
「……そ、それはそうかもしれないけど……それでもお父…雁夜さん、何の反応もしてくれなかったら……」
不安そうに呟きながら俯く桜。
そこか、気にしてるのは。
取り敢えずアイツがわたわたするのは目に見えてるけどなぁ。
「で、そーなったら諦めるのか?」
「諦めませんっ!!」
勢いよく顔を上げて、全力の即答。
よし、それでこそ間桐の娘!!と満足気に一つ頷き。
「まぁ、まずお前は『雁夜さん』呼び徹底させろよ?あのクソジジイに書類上では親子にさせられた上、雁夜も受け入れてこの現状だからな……。まず娘じゃなくて一人の女だと意識させないとどうしようもないぞ」
「……うん、わかってる」
これ以上ない位に真剣な顔で桜。
初恋をこじらせているのは、雁夜だけじゃない。
……桜も同じだ。
この間桐の家を支配していたくたばりぞこないの虐待ジジイに桜が引き取られたのがその始まり。
それを聞きつけたこの家の次男であり勘当同然に出奔していた雁夜が助けに来て、でもその所為で雁夜は酷い事になった。
具体的にどんな目に遭わされたのかは知らない。それでも、酷い事をされたのだろう事は誰の目にも明らかだった。
普通の青年だったと聞いている。その姿を僕は直接見た事は無い。けれど。
白髪になり、片目は機能しなくなり、肌は引き攣れ、半身も不自由になった。
血を吐いて、顔色は悪くて、よく倒れて、一時は流動食しか受け付けなかった。
それでも桜には優しく微笑みながら、ぎこちない動きで頭を撫でて、大丈夫だよ、と言っていたあの男を覚えている。
桜はきっとあの時から、あの男に恋してる。
ジジイは嫌がらせで桜をその男の、雁夜の養子にして。
この家で長男として生まれて逃げられなかった僕の親父は酒に逃げて、アル中になってぶっ倒れてそのまま死んだ。
僕は母方に引き取られていてこの家や父親の事は何も知らずに普通に生きていたから、いきなり呼ばれて家を継げとかほざかれて。
やっとこの家と親父の事を知って。……守られていた事を知って。
………あぁ、切れたよ。切れたさ。
この家に来て目にしたのは、幼女いたぶる変態クソジジイ。
そのクソジジイへのトラウマと、幼女人質状態にされた為に反抗しきれず障害負わされた男。
幼女の瞳に光は無くて、でもその男にしがみつきながら、声も出さずに涙を流す。
男は男で、その幼女を抱えて、今にも死にそうな身体で踏ん張って、泣きそうな顔で笑う。
そんな光景の数々。
……後先なんて考える余裕がどこにあんだよふざけんな。
更に言えば、その時僕は中学生。多感な時期になんて胸糞悪いモン見せてんだ馬鹿野郎。
思わずぶち切れて横にあったなんか重いモン火事場の馬鹿力的に持ち上げて、思いっきりジジイにぶん投げた。
打ち所が良かったのか、昏倒した。ざまあ。
因みにタンスだった。火事場の馬鹿力すげえ。
慌てて使用人が救急車を呼んだ。桜や雁夜が酷い事されてても何もしなかった癖にな。一応当主で雇い主だから当然か。
ともあれ、ジジイが病院に運ばれてるその隙に、呆然としていた雁夜とその雁夜から離れようとしない桜を連れてその家を脱出して。
桜を養子に出したっていう元凶共の家に行って云々。
……まぁ割愛するけど、ロクに間桐の家を調べもせずに養子に出した事が判明して、僕はまた切れた。
その元凶当主にそこいらにあったなんか硬そうな調度品とかぶつけてやった。
何も知らなかったらしい奥さんもキレて修羅場になった。ざまあ。
僕はさっさと退散して、色々消耗してた所為か元凶当主の家に着いた途端ぶっ倒れた雁夜の運ばれた部屋へ。
傍らには心配そうな桜と、その実の姉であるその家の時期当主、遠坂凛の姿があった。
泣き腫らした目の桜と、その桜の頭を撫でながら、唇を噛み締めている姉。
雁夜とは桜同様、昔からの知り合いらしい。
……それで雁夜の家の実態も知らないとか、本気でここの当主は無能だと思った。
まぁ、これは後に知った事だけど。
雁夜の事を、そこの当主は名家の重圧やらに耐え切れず逃げ出した落伍者とか思っていたらしい。………死ねばいいんじゃないかな。
いや、死ぬと悲しむ奴もいるから生き地獄這いずり回ればいいんじゃないかな。
今では色々と関係も修復されたりしてるみたいだけど、正直僕は今でもそれくらいは思っている。
作品名:【パラレル】綺麗なワカメと間桐家と 作家名:柳野 雫