【パラレル】綺麗なワカメと間桐家と
「私は、雁夜さんが男性として好きです」
ゆっくりと押し付けていた唇から離れ、雁夜さんの眼を見ながら言い放つ。
呆然としている雁夜さん。
お母さんはびっくりしながらも、頬に手をあてながら、あらあら、と呑気な声を上げている。
でもそんな事には構ってられない。
顔は熱いけど、凄い熱いけど、仕方ない。
「……え、えーと……さ、桜ちゃん?」
あ、これ絶対解ってない。理解してない。
それならっ!!
がしっ、と両肩掴んで固定。
え?え?と慌てる雁夜さん。かわいい。
そのまま、ぐぐっ、と迫っていけばあわあわする雁夜さんの顔が近付いてくる。
年に合わない、でも綺麗な白髪。
白濁している片目を雁夜さんは醜いと言うけれど、それは私を救ってくれた証だから、とても愛しい。
引き攣れた皮膚も好き。白い肌も好き。これらは、私の救われた証。
お兄ちゃんが来てくれなかったら、この家から本当の意味では救われていなかったと。自分だけではちゃんと救えていなかったと、雁夜さんは言っていたけれど。
それでも、私を助けに来てくれたのは雁夜さん。
私を救おうとしてくれたのは雁夜さんなの。
そして、私の傍にいてくれた。一緒にいてくれた。それが、どれだけ私の心を救ってくれていたのか。
あの家で親子として暮らす事になって、その生活の中でも、ずっと雁夜さんは優しくて。
不器用に頭を撫でてくれる手も。私に向けてくれる微笑みも。仕事の時に見せる真剣な眼差しも。
……すき。だいすき。
だから、ずっと、一緒にいたいの。いてほしいの。
重ねた唇は少しカサついていて、なんだか雁夜さんらしい。
名残惜しいけど、そっと唇を離す。
思わず閉じていた目を開けて飛び込んでくるのは、雁夜さんの真っ赤な顔。
いつもは白い肌が赤く染まる様を見るのはとても好き。
だって可愛いもの、そういう時の雁夜さん。
「……うちの桜はこんな感じです。どう思いますか、葵さん」
「若いっていいわねぇ」
「ふえっ!?」
「うえっ!?」
隣から聞こえてきた会話に、反射的にそちらを向く。雁夜さんと動きがシンクロした事に意識の隅っこで喜びながら。
そこにいたのはお兄ちゃんとお母さ……葵さん。
………ちょ、お兄ちゃん!?なんで!?
「ところで、いつからいたの?」
「僕は少し前からです。桜はその前から覗いていたので、最初からかもしれません」
「まあ、嫉妬でもしたのかしら。可愛いわー」
「一歩間違えばストーカーですけどね」
「女は元々怖いものなんだから、刃傷沙汰に発展しなければそれ位は許容範囲よ」
「まぁ雁夜はこれくらいしないとどうしようもないんで、別に何も言うつもりはありませんけど……」
そこまで言って、固まってる私達の方を向いた。
「……こっからどーすんだ?お前」
呆れた様な兄の声に、正気に戻って雁夜さんの顔を見る。
雁夜さんも私を見る。
………真っ赤だ。多分私も真っ赤だと思う。
………………ふえぇぇぇ!!やっちゃった!!やっちゃったよぉぉ!!
今更ながら自分の行動の凄まじさと唐突さに気付いて、心の中で大絶叫。
弾かれた様に雁夜さんから離れて、じりじりと後退り。
「さ、桜ちゃん?」
雁夜さんが座っていたベンチから立って、戸惑った様な声を上げながら近寄ってくる。
「ああああのっ、あのっ!!……ち、違うのっ、これはっ!!ううん、違わないんだけどこれはっ!!あうううううっ!?」
混乱して言葉が出てこない。
雁夜さんも困惑した様に、私を見ている。
「………あ、えーと………桜、ちゃん……?」
手を伸ばしてくる雁夜さん。
この手が触れた時に告げられる言葉は何だろう。
………こわい。
そう思って、足が勝手に走り出す。
「桜ちゃん!!」
雁夜さんの呼ぶ声を遠くに、私はその場から逃げ出した。
どうしようどうしようどうしようっ!!
雁夜さん変に思ったよね!?あんな事唐突にしちゃって!!てゆーか告白しちゃったし……!!
……これで解ってくれてなかったら学校の屋上から紐無しバンジーも辞さないっ!!
私は全力で走りながら、内心で訳の解らない事を考える。
混乱してるのは解ってる。そして後悔だってしてる。
あんないきなり何かましてるの私はっ!!
……だって、お母さ……葵さん、と一緒に喋ってるから。
二人を見掛けたのは偶然だ。決してストーカーしてたんじゃない。
でも、二人でいたんだもの。気になるに決まってる。
雁夜さんが誰を想っているかなんて、知っていた。解っていた。
見ていれば、解るもの。
……だから、気になって、こっそり覗いて、でも声がよく聞き取れなくて。
そんな時に雁夜さんが叫んだ言葉。
『俺の可愛い娘』って。
その言葉に頭に血が上っちゃって、気が付いたら身体が動いてた。
………やっぱり、雁夜さんにとって、私は……。
でも、でもそんなのやだ。
私は、雁夜さんの事が好きなんだから!!
……でも雁夜さんの言葉を怖がって逃げてる時点でダメなのかなぁ……。
足を止める。
「……私……」
どうしよう。
いきなりあんな事して、雁夜さんどう思っただろう。
告白はしたけど、雁夜さん、やっぱり娘だからって断りそうだし。
……この気持ちまで否定されたらどうしよう。
なんか親子の愛情と取り違えてるだけだよ、とか。諭してきそうな気がする。
思わずその場にしゃがみ込む。
「……どうしよう……」
ああ、泣きそう。私、こんなに女々しかった?
諦めるつもりなんてないのに。
お兄ちゃんだって応援してくれてるのに。
……どうしよう。
「っ、桜、ちゃんっ!!」
「っ!?」
呼ばれて、振り向く。
荒い息を吐きながら、雁夜さんが走ってくる。
あああ、そんな身体で全力で走るなんてっ……!!しかも着物なのにっ!!運動には不向きですよ雁夜さんっ!!
でも私の身体はまた勝手に動く。
ダッシュで逃げる私の足が恨めしい。
「ちょ、待って……」
「ダ、ダメですっ!!雁夜さんそんな走っちゃダメですっ!!」
「じゃあ止まってくれ、桜ちゃんっ!!」
「無理ですっ!!」
「なんでっ!!」
「だって……だってぇ~っ!!」
追いかけっこしながら、そんなどうしようもない遣り取りをしながら。
暫く走って私も大分息が切れてきた頃、
「うばぁっ!!」
そんな悲鳴と共に、派手な音が聞こえた。
「雁夜さんっ!?」
思わず振り向けば、物の見事に転んで倒れている雁夜さんの姿。
「きゃああっ!?雁夜さんっ!!」
勿論駆け寄る。体力だってあんまり無いのに、そんなに走るからっ……!!
「大丈夫ですかっ!?」
「あはは……やっぱりおじさんはダメだなぁ……」
苦笑しながらそう言う雁夜さんに、瞳が潤む。
「そ、そんなことないもんっ!!おとーさん、ダメじゃないのっ!!」
……ここでおとーさんって呼ぶの、ダメすぎる。
でも雁夜さんは、私のお父さんでもあるんだもの。
お父さんも好き。雁夜さんも好き。
ぜんぶ、すきなの。
「……うん、ありがとう、桜」
優しい声と共に、頬を撫でられる。
……ここで呼び捨てはずるい。
そして。
作品名:【パラレル】綺麗なワカメと間桐家と 作家名:柳野 雫