セレーネの光
「郁~ハンバーグ出来たよ~」
「分かったよ。いま行く」
僕は本に栞を軽く挟んで、ダイニングへと向かった。
月子が大学を卒業してすぐに結婚をした。
ちっぽけな指輪で彼女を縛ってしまいたい、なんて思うほど僕は彼女しか見えなかった。
大学時代の彼女といったら…あぁあんまり思い出したくない。
訳の分からない男にひっかからないか毎日が不安で仕方なかった。
でもそれを知られるのも癪で…でもまあこれはもう過ぎたことだし、どうだっていいや。
今はいつでもそばに月子がいて、温かさを感じることが出来るから。
それ以上もそれ以下もあり得ない。
僕と月子の日常はそういうものなんだと、今まで2人で確認してきた。
2人の幸せの形ってやつを。
まだ少し新しさの残っているテーブルには、既においしそうなハンバーグがほんのりと湯気を立てて待っていた。
まるで僕に食べてほしいって言わんばかりだ。
おいしそうだ、と思いながら椅子に座ると、月子もキッチンからわたわたとこちらに戻ってきてかわいらしくぽすんと座った。
「そんなに慌てなくていいのに。僕もハンバーグも逃げたりしないよ?」
「郁を待たせたくなくて。あと冷めるのももったいないし!」
「君はほんとに可愛いね。…なんて言ってると冷めちゃうな。じゃあ…いただきます」
「いただきます!」
月子は僕と本格的に付き合うようになってから料理を勉強するようになった。
最初の頃はとても食べられたものじゃなかった。とても、いやかなり個性的な味だった。
カレーがなぜか甘かったり味噌汁に妙なとろみがついてたり。
一時期、月子は魔女なんじゃないかと本気で思ったくらいだ。
月子の魔女疑惑から数年、今ではとても上手になっている。
きっと彼女に足りなかったのは経験と愛情、だと思う。
今までは本当に食べてほしい相手に巡り合えなかったから仕方なかったんだろう。
月子の料理はまずい、月子にだけは料理をさせるなと吹聴してた奴らは、
月子が本気で食べさせたい相手じゃなかっただけ。
哀れな負けい…いや、そこまで言ったらかわいそうかな。
月子は料理が上手くなった今でも、僕が一口目に食べる瞬間だけはそっとうかがっている。
たぶん魔女だった時期のなごりなんだと思う。
彼女は僕に気づかれてないつもりなんだろうけど、そんな上目づかいで見られたらバレバレ。
それがおかしくって、でも可愛くてついつい意地悪をしたくなる。
「…うっ」
ハンバーグに箸をつけてすぐ、少し顔をしかめてみた。
すると月子は目を大きく見開いた後、慌てて謝りだした。
「郁ごめんなさい!牛乳の賞味期限が切れてたの知ってたんだけど、つなぎで少しだけだからいいかって思って入れちゃったの!私が味見した時には何ともなかったんだけど…本当にごめんなさい!」
…?予想外の展開に頭が追いつかなかった。賞味期限?
そういえば牛乳の賞味期限が切れてたかもしれない。けれど切れてても数日だし、月子が言うように少しだけ入れたくらいなら問題はないだろう。
でもさらにどんな反応をするか見てみたくて、意地悪を続けた。
「え…?…あぁ…月子は僕のことを食中毒で入院させようとしてたの?」
「ち、違う!」
「僕は…月子を信じてた…なのに…」
僕の十八番。切なげに目を伏せると、純粋な月子は本格的に慌てだした。
「違うって!…ほんとに違うの!…でも……郁が食中毒になっちゃうなら私は郁以上に食べてもっと食中毒になるもん!」
そう言うと、月子は目の前のハンバーグをすごい勢いで食べ始めた。
その様子にしばらくの間あっけにとられてしまったけど、はっと我に返ってすぐに月子を止めた。
「月子!…悪かったよ!僕が悪かった、今の全部冗談だから。そんな勢いよく食べるのは…」
「ふぇ?」
「だから、今のは全部冗談。とってもおいしいよ、このハンバーグ。賞味期限切れの牛乳が隠し味かな?」
「ひふ、ひほひほー!」
口にハンバーグがいっぱい入ってるから何を言ってるか分からない。
おそらく「郁、ひどいよー」とでも言ってるんだろう。
けれどそんな月子もかわいくて、そっと頭を撫でてあげた。
月子は恨めしそうな目でこちらを見ながらもぐもぐとしていた。
「ごめん、月子がこんなことすると思わなくて。…まさかあんな勢いで食べ始めるとは…」
ようやくハンバーグを飲み込めたのか、涙目になりながら月子が話す。
「わーっ!もう言わないで!…でも郁が食中毒になったら困るって思ったら…」
「2人で食中毒になったら誰が僕を看てくれるの?月子は健康でいてくれないと」
「確かに…でも私の方がいっぱい食べたから郁が私の看護する可能性の方が高いかも?」
微妙に見当違いな事を言う月子がおかしくって吹きだしてしまった。
僕につられるように彼女もくすくすと笑っていた。
月子は本当変わってる。自分が僕よりいっぱい食べれば、僕より食中毒になるって…。
笑い始めたら何だか本格的に面白くなってきてしまって、お腹を押さえて笑いをこらえた。
「ははっ月子…君ってほんと…」
「そんなに笑うことないでしょ!郁が意地悪したのが原因なのに…」
口をツンととがらせて恨み言を言ってる。
あんなかわいらしい唇にはお仕置きしないとね。
「私すごく心配したのに……っ…!」
言葉を遮るように軽くキスをすると、月子の顔はりんごみたいに真っ赤になった。
「口をとがらせてるからキスをせがんでるんだと思ったんだけど、違った?」
「ち、違うもん!」
「そんなに即答されると傷ついちゃうんだけど…」
「早くごはん食べようっ!さっさと食べないと片付けちゃうんだから!」
いつまでも意地悪を続けていると、月子の頭からかわいい角が生えてきてしまいそうだったので、
黙って目の前の食事に集中することにした。
ハンバーグはもちろんのこと、付け合せの星形にくりぬかれたにんじんも
コンソメスープも文句なく全部おいしかった。
「分かったよ。いま行く」
僕は本に栞を軽く挟んで、ダイニングへと向かった。
月子が大学を卒業してすぐに結婚をした。
ちっぽけな指輪で彼女を縛ってしまいたい、なんて思うほど僕は彼女しか見えなかった。
大学時代の彼女といったら…あぁあんまり思い出したくない。
訳の分からない男にひっかからないか毎日が不安で仕方なかった。
でもそれを知られるのも癪で…でもまあこれはもう過ぎたことだし、どうだっていいや。
今はいつでもそばに月子がいて、温かさを感じることが出来るから。
それ以上もそれ以下もあり得ない。
僕と月子の日常はそういうものなんだと、今まで2人で確認してきた。
2人の幸せの形ってやつを。
まだ少し新しさの残っているテーブルには、既においしそうなハンバーグがほんのりと湯気を立てて待っていた。
まるで僕に食べてほしいって言わんばかりだ。
おいしそうだ、と思いながら椅子に座ると、月子もキッチンからわたわたとこちらに戻ってきてかわいらしくぽすんと座った。
「そんなに慌てなくていいのに。僕もハンバーグも逃げたりしないよ?」
「郁を待たせたくなくて。あと冷めるのももったいないし!」
「君はほんとに可愛いね。…なんて言ってると冷めちゃうな。じゃあ…いただきます」
「いただきます!」
月子は僕と本格的に付き合うようになってから料理を勉強するようになった。
最初の頃はとても食べられたものじゃなかった。とても、いやかなり個性的な味だった。
カレーがなぜか甘かったり味噌汁に妙なとろみがついてたり。
一時期、月子は魔女なんじゃないかと本気で思ったくらいだ。
月子の魔女疑惑から数年、今ではとても上手になっている。
きっと彼女に足りなかったのは経験と愛情、だと思う。
今までは本当に食べてほしい相手に巡り合えなかったから仕方なかったんだろう。
月子の料理はまずい、月子にだけは料理をさせるなと吹聴してた奴らは、
月子が本気で食べさせたい相手じゃなかっただけ。
哀れな負けい…いや、そこまで言ったらかわいそうかな。
月子は料理が上手くなった今でも、僕が一口目に食べる瞬間だけはそっとうかがっている。
たぶん魔女だった時期のなごりなんだと思う。
彼女は僕に気づかれてないつもりなんだろうけど、そんな上目づかいで見られたらバレバレ。
それがおかしくって、でも可愛くてついつい意地悪をしたくなる。
「…うっ」
ハンバーグに箸をつけてすぐ、少し顔をしかめてみた。
すると月子は目を大きく見開いた後、慌てて謝りだした。
「郁ごめんなさい!牛乳の賞味期限が切れてたの知ってたんだけど、つなぎで少しだけだからいいかって思って入れちゃったの!私が味見した時には何ともなかったんだけど…本当にごめんなさい!」
…?予想外の展開に頭が追いつかなかった。賞味期限?
そういえば牛乳の賞味期限が切れてたかもしれない。けれど切れてても数日だし、月子が言うように少しだけ入れたくらいなら問題はないだろう。
でもさらにどんな反応をするか見てみたくて、意地悪を続けた。
「え…?…あぁ…月子は僕のことを食中毒で入院させようとしてたの?」
「ち、違う!」
「僕は…月子を信じてた…なのに…」
僕の十八番。切なげに目を伏せると、純粋な月子は本格的に慌てだした。
「違うって!…ほんとに違うの!…でも……郁が食中毒になっちゃうなら私は郁以上に食べてもっと食中毒になるもん!」
そう言うと、月子は目の前のハンバーグをすごい勢いで食べ始めた。
その様子にしばらくの間あっけにとられてしまったけど、はっと我に返ってすぐに月子を止めた。
「月子!…悪かったよ!僕が悪かった、今の全部冗談だから。そんな勢いよく食べるのは…」
「ふぇ?」
「だから、今のは全部冗談。とってもおいしいよ、このハンバーグ。賞味期限切れの牛乳が隠し味かな?」
「ひふ、ひほひほー!」
口にハンバーグがいっぱい入ってるから何を言ってるか分からない。
おそらく「郁、ひどいよー」とでも言ってるんだろう。
けれどそんな月子もかわいくて、そっと頭を撫でてあげた。
月子は恨めしそうな目でこちらを見ながらもぐもぐとしていた。
「ごめん、月子がこんなことすると思わなくて。…まさかあんな勢いで食べ始めるとは…」
ようやくハンバーグを飲み込めたのか、涙目になりながら月子が話す。
「わーっ!もう言わないで!…でも郁が食中毒になったら困るって思ったら…」
「2人で食中毒になったら誰が僕を看てくれるの?月子は健康でいてくれないと」
「確かに…でも私の方がいっぱい食べたから郁が私の看護する可能性の方が高いかも?」
微妙に見当違いな事を言う月子がおかしくって吹きだしてしまった。
僕につられるように彼女もくすくすと笑っていた。
月子は本当変わってる。自分が僕よりいっぱい食べれば、僕より食中毒になるって…。
笑い始めたら何だか本格的に面白くなってきてしまって、お腹を押さえて笑いをこらえた。
「ははっ月子…君ってほんと…」
「そんなに笑うことないでしょ!郁が意地悪したのが原因なのに…」
口をツンととがらせて恨み言を言ってる。
あんなかわいらしい唇にはお仕置きしないとね。
「私すごく心配したのに……っ…!」
言葉を遮るように軽くキスをすると、月子の顔はりんごみたいに真っ赤になった。
「口をとがらせてるからキスをせがんでるんだと思ったんだけど、違った?」
「ち、違うもん!」
「そんなに即答されると傷ついちゃうんだけど…」
「早くごはん食べようっ!さっさと食べないと片付けちゃうんだから!」
いつまでも意地悪を続けていると、月子の頭からかわいい角が生えてきてしまいそうだったので、
黙って目の前の食事に集中することにした。
ハンバーグはもちろんのこと、付け合せの星形にくりぬかれたにんじんも
コンソメスープも文句なく全部おいしかった。