セレーネの光
ご飯のあと、2人で洗い物をしてからソファーにもたれてのんびりしていた。
月子の髪をくるくると弄ぶと、しなやかな髪の感触が気持ちよかった。
「さっきはごめんね。ハンバーグ口いっぱいに入れて苦しかったよね。これからは加減を考えて意地悪するよ」
「意地悪しないとは…言わないんだよね」
「でも月子も僕から意地悪されなくなったら嫌でしょ?」
「…それは…ちょっと…そうかも…」
「素直なのはいいことだと思うよ」
弄んでいた髪にそっとキスをして頭をなでた。
甘くていい香りがする。僕も一緒のシャンプーとリンスを使っているはずなのにこんなに甘い匂いはしない気がする。
月子は僕に体を預けるようにもたれかかってきた。
「ねえ郁…すごく幸せだね」
「幸せ…っていうんだろうねこの感じは」
隣に月子がいて、のんびりと流れていくこの時間に名前を付けるんだとしたら幸せ、なんだろう。
「郁ってさ、永遠って信じてないでしょ?」
さっきとなんら変わらない口調で告げられた言葉に、僕は少しだけ動揺した。
月子が話の流れを唐突に変えたから、とかそういうことではなくて彼女の真意がどこにあるのか分からなかったから。
そんなことを僕に聞いて一体どうするつもりなんだろう。
「そうだね…信じてる、なんて言ったら嘘になるかな」
永遠なんていうのは、終わりがある物事に対してのある種の願いだ。
本当に永遠があるのなら、そもそも永遠について真剣に考えないし、永遠を特別視したりはしない。
例えば、今こうやって月子が隣にいる今が永遠に続けばいいのに、と僕は思う。
それは終わりがあると分かっているからこそ考えてしまうことなんだ。
「ふふっ…だと思った…私もね、永遠って存在はすごく儚くて、あるかないのか分からないものだと思うの」
僕は少し意外に思った。月子なら「永遠はあるんだよ!」って僕を説得しにかかると思ってたから。
ずっと前に「恋愛はゲームなんかじゃない」って言い切ったあの時のように。
月子は天使みたいに優しく微笑みながら言葉を続けた。
「ずっと続くっていうのは…やっぱり難しいんじゃないかなって思う。
でも私はそれを、永遠を諦めてるわけでもないの」
「…?どういうこと?」
「今のこの幸せな時間を、明日もまたきっと来る郁との幸せな時間を1つずつ大切に2人の思い出にして繋げていったら、
いつか永遠と呼べるものが出来るかもしれないなって。
繋げていったものはね、きっときれいな真珠のネックレスみたいなんだよ?
1つ1つの幸せな思い出が淡く光り輝いて最後にはきれいな円になって、ずっとずっと私たちの心に残る。
途切れのない円のように幸せが連続していたらそれはもう『永遠に幸せ』って言わないかな…って…!?」
僕は彼女を引き寄せてきつく抱きしめた。
「僕は……僕は、君の言う永遠なら信じるよ。幸せを積み重ねて心の中で作り上げていく…そういう永遠なら」
いつか終わりのあるものだからと諦めて、消えてしまうことおびえ続けるよりはよっぽどいい。
永遠は作り上げるもの、なんて前向きで変わってる彼女らしい考え方。
月子の考え方なら…琥太にぃと姉さん過ごした幸せな時間の思い出も永遠に出来るの…かな。
「月子…じゃあ…」
「…ん?」
月子をしっかりと抱きしめたまま耳元で囁いた。
「…賞味期限切れ牛乳入りハンバーグのことも大切な思い出だね?」
「も?郁っ!」
さっきの問いを口に出すことはやめた。
今でも3人でいた時のことを思い出すと胸が温かくなる。それが答えのような気がしたから。
「郁はいつも私の話の腰を折って!」とぷんすかと怒っている小鬼をなだめて、
少しだけ気になっていたことを聞いてみた。
「なんで永遠について突然語り始めたんだい?」
「ん〜さっき本当は『今この時間がずっと続けばいいのにね』って言おうと思ったんだけど、郁って『ずっと続く』みたいなこと信じてなさそうだったから私の信じる永遠を信じてもらおうかなって」
「僕のこと分かった気になってるのが気に食わないんだけど…参ったな、君の言ってることはほとんど正解だし」
「…好きだから郁のこと分かってあげたいって思うのは傲慢?」
「いや…心地いいね、とっても」
僕の心を掴んで離さない君は本当に魔女なのかもしれない。
けどこんなに心優しくて可愛い魔女にならなんだって差しだしてもいいと思ってるんだ。