夜鷹の瞳6
「そういうことじゃないわ。あなたの足りない部分をあの子は持っているってことよ。もちろんその逆も然り」
「ずいぶん決め付けるんだな」
シンドバッドは穏やかな表情を見せてはいるが、その言葉には僅かに苛立ちの色が混じっていた。シンドバッドはシェラザードと話をしていると今まで頑なに守り続けてきた蓋を溶かされるような心地がした。ようやく忘れかけていた何かがまたこぼれそうになる。
焦りとも言えるそれに、シェラザードは子どもを嗜める母親のような声音で言った。
「…………あなたずいぶん難儀な人ね。笑うときに目が笑えていない事、気づいてる?」
その言葉にシンドバッドは瞠目し息を飲んだ。そして無意識の内にこう漏らした。
「………ほんとうは目が見えているのか?」
シェラザードは盲目である。そうでなかったとしても、目は布で覆われている。見えるはずがない。なのにそう訊ねていた。
「いいえ、見えていないわ。何も。光すら」
シンドバッドの愚問にシェラザードは当然の答えを返した。
「もう一つ聞きたいことがある…」
「どうぞ」
「シェラザードという名前は王族によく付けられる名前だな」
「ふふふ、こんな娼婦には不相応だと?」
「行ったことはないが、バスラという亡国の王女がシェラザードという名前だったはずだ。王族は全員殺害されたと言われているが、王女が生きていればあなたぐらいの年齢のはず」
「私が、その王女だと? 面白い冗談だけど、私は生憎ただの娼婦よ。時々踊り子をしている、ただの娼婦よ」
「その目にしている布もだいぶ汚れているが刺繍の細かさ、使われている糸、元は値打ちものだろう?」
「これは昔、ある御方から頂いたものだから、値打ち物かどうかは知らないわ」
声色、表情からシェラザードの心情の僅かな変化を見抜こうとしたが、まるで凪いだ海のようにそれは静かなものだった。
シンドバッドはそれ以上言及しなかった。だが、その目はなおも強くシェラザードを射抜き、その視線を感じ取ってシェラザードは口の端を吊り上げてゆったりと立ち上がった。
「……シンドバッド王、これは千夜一夜物語ですわ。一夜につき、お話は一つまで」
「あなたは一体何者だ」
追求の声に、シェラザードは微笑みを崩さない。そして長い沈黙の後に紅を刷いた小さな唇がそっと開いた。
「今夜はもうおしまいよ、坊や」
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