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きみとおとなり(1)

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「…う…うん…」
 うつむいていた淳が少し顔を上げる。達哉の心に闘志が燃え上がった。オレは淳を悲しませない。
「じゃあ決まり!周防くんは女子チーム!」

 クラスの皆が周りを無理矢理蹴散らして、ドッジボールの陣を引き始める。達哉はとりあえず震える淳の手をぎゅっと握っていた。
「あ、あのね…ぼく…どこにいってもいじめられるの…」
「…そうか」
「女みたいって…こんな感じで…」
 達哉の手を握る力がグっと強くなった。
「だいじょうぶ。オレ強いから。ぜったい淳まもるから」

 ドッジボールは結果が出やすい。弱い者はすぐやられるし、強い者は活躍を見せる。しかし、あえて策略をめぐらし、酷い状況を作ることが出来るのもまたドッジボール。女子チームは一気に不利な状況になった。残ったのは17人中5人。男子は未だに10人くらいはいる。ドッジボールが得意な女子達と達哉と、そして淳。男子達は意図して淳を狙っていないようだった。最後の一人にして楽しもうと言うのだろう。達哉はやつらの策略がわかると、卑怯さに驚いた。達哉を狙えばすぐにボールが取られることがわかっているので、なるべく達哉から遠くの位置を狙い、ボールは投げられる。
「あいつらなんであんなに橿原くんにつかっかるんだろう!」
「卑怯よね…絶対こらしめてやるんだから!」
 男子チームの意図が読めた女子チームは憤慨していた。
「周防くん、橿原くん守っててよ!私たちがやっつけてやるんだから!」
「まかせろよ!」
 だんだん投げられるボールの威力が上がっていく。女子も男子も本気を出していた。達哉の後ろでは淳が怯えているのがわかる。女子で不利な点は、やる気の無い子が本当にやる気無くて、ボールもヒョロヒョロだということだ。ところが男子は常に全力でかかってくる。だけど男子にも不利な点はあって、あんまり弱い子を強いボールで狙うと、女子から非難をうけるのだ。遠慮のなくなってきた戦局はそういう女子に与えられたハンデがなくなった証拠。次第に淳も狙いに入れられるようになってきた。
 達哉が淳を狙ったボールを取った。全力で投げられたボールが酷い音を立てて手のひらに当たる。ゴムのボールのぶつぶつが痛い。なんとか反動を腕で吸収し、ボールを収める。
「うお!周防がとったー!」
「りゃあああああああ!」
 達哉が狙うのはリーダー格の偉そうな男子。淳にインネンを最初につけてきたバカモノだ。しかし、達哉の全力ボールは取られてしまった。
「やるかぁ?」
 バカ力の男子とにらみ合う。
「やってみやがれ…」
 至近距離でボールを投げられる。一瞬胸の中心からそれそうになるボールを必死で押さえつける。
「ってぇー!!」
「周防くんがんばれー!」
 女子達から応援の声が上がる。
「あぁ!くっそ!女子どもうっせーぞ!」
 リーダー格の男子が拳を振り上げて怒る。
「た…達哉っ…」
 淳の小さい声が聞こえる。
「だいじょうぶ…正義は勝つんだぜ!」
 グっと握りこぶしをつくる。
 ほぼ一騎打ち状態となった全力ボール投げが続く。たまに反れたボールはドッジボールの得意な女子が受けて男子に仕返しをしている。次々に男子は打たれていき、形勢が逆転する。女子チームからは歓声があがり、男子チームは次第に意気消沈していく。前まで泣きそうだった淳も、今では目を輝かせて達哉を応援していた。後数分でチャイムが鳴る。決着をつけねばならない。
 しばらく女子チームの陣を狙う男子の弾が行き来する。威力が弱まったところを見極めて、達哉が取った。あいつだけは絶対に許さない。逃さない。

「くらぇえええええ!」

 男子チームのメンバーが後ろに下がる。一足遅く、男子チームのリーダー格が直で来た玉を受ける。が、疲労がたまっていたのか、玉がそれて飛んでいってしまった。
「…くっそ!」
『ッキャアアアアアアアアアアアアア!』
 女子チームから一斉に喜びの声が巻き起こる。
「すごい!やった!たおしたー!」
「周防くんやっぱりかっこいいー!」
 女子の波にもまれる達哉を後ろから遠慮がちに淳が笑顔で見ていた。
「淳!」
 ヒョコっと人ごみから顔を出して親指をグッと突き出す。
「えへへ!」
 淳も親指をグッと突き出すのが見えた。が、すぐに女子にもまれて見えなくなった。
 チャイムが鳴る。長いように思えた、たった10分間の攻防戦が終了したのだ。

「…楽しかった…」
 席に着くと、隣の淳がポツリともらす。達哉は興奮した女子にもまれて、髪の毛はあっちこっちに飛びはね、シャツは伸びて、すっかりぼろぼろになっていた。
「あのね、ぼく、ドッジボールやってはじめて楽しいって思った…」
「あはは、おまえ一度もボール投げてないじゃん!」
「…うん…でもね、楽しかった」
 淳はほんのり頬を染めて達哉を見る。
「ぼくの怖いもの、達哉のおかげで一つへったよ、ありがとう」
「そうか、オレはヒーローだからな!」

 帰り道、さすがにバシバシとボールを受けた体が痛くて達哉はずっとうめいていた。
「うぅーいってーよー…アイツ本気で投げやがって…いってー」
「ね、達哉、今日はきみがぼくのためにケガしちゃったね、せおってあげようか?」
 淳が面白そうにくすくす笑う。
「ふん!足ケガしてねーからいいの!」
「ぼく…何したらいいかな…お礼したいな…」
 柔らかく笑った淳が、首をかしげて達哉を見上げた。
「…お、お礼なんていらないよ…」
「そんなわけにいかないよ…だってぼく、きみのおかげで学校、楽しく通えそうなんだもん…きみにはわからないかもしれないけど…これって…ぼくにとってすごいことなんだよ?」
 あんまりに食い下がる淳にたじたじになる。
「ん…じゃ、じゃあ…笑うなよ…」
 そこまで言うなら、くだらない用事で淳の申し訳ないと思う心を払拭しようと思った。
「男だっていう証拠見せてよ」
「…へ?」
「オレ、昨日から淳は男だってずっと思ってたけど、今日でちょっと自信なくなった」
 女子が淳は男子?女子?なんて疑問を投げかけるし、本当は女子の座る隣の席に座ってるし、ドッジボールで女子チームに入れられたし、達哉の頭の中は少し混乱していた。本当は淳が男だっていうのはわかっている…つもり…なんだけど…状況が達哉に混乱させるのだ。
「ひどいよー達哉!」
 ほら、そうやって怒るところだってこんなに可愛い。
「くやしかったら見せてみろよー!」
 達哉はダッシュした。怒った淳が追いかけてくる。達哉は公園につくと、わざと淳に捕まった。淳の勢いがすごすぎて、そのまま地面に倒れこむ。ランドセルがボスンと音を立てた。
「あはは!すげー!淳強い!」
「もー!達哉のばか!ばか!」
 胸をポカポカ叩かれる。ドッジボールで痛んだケガにしみて痛い。
「…ってて…」
「あ、ごめん…達哉ケガしてたんだった…」
「いいって別に…」
 突然淳が何かを決めたような顔をすると、達哉に腕を伸ばして倒れた達哉を起した。
「トイレいこ!」
「…はぁ?」
「いいから!トイレいっしょにいこう!」

 公園のトイレに入ると淳にぐいぐいてを引っ張られ、二人で個室に入る。
「…な、何するんだよ…」
作品名:きみとおとなり(1) 作家名:妄太郎