きみとおとなり(1)
まじかるらっきーくろーばー
1
熱心にフェザーマンを見ている時だった。隣の空き家にトラックがブレーキをかけた。バタンバタンとドアの開け閉めの音が響いてくる。
「あら、この間家を見に来た人だわ」
太陽光を部屋に入れるくらい薄手のレースのカーテンをそっと開け、お母さんが窓の外を見ていた。しかし、今の達哉はそれどころじゃなくって今はレッドイーグルとブルースワンとブラックファルコンの三角関係のほうが重要だった。フェザーマンのOPが始まる。
『もう!パパ!早くして!テレビだけでいいから早くつけてよー!!』
子どものわめく声が、静かな朝の住宅街に響き渡る。
『こらっ!淳…大人しくなさい…』
『だって!だってフェザーマンはじまってるんだよ!やだよ!みたいよ!』
外を見ていた母はクスクス笑うと、達哉に声をかけた。
「聞こえた?達哉。行ってきて誘ってあげたら?お隣さん、引越しに忙しいみたいだし…ってあら?達哉?」
振り向くともうそこには達哉はいなかった。
「まったく落ち着かない子ね…」
「なぁ!おまえオレんち来いよ!」
「…っぐ…うぅ…」
そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにした達哉と同い年くらいで、半分顔が長い黒髪で覆われたおとなしそうな男の子。同じように片目が綺麗な長い黒髪に隠された…お母さんだろうか?のスカートをギュッと握り締めていた。
「オレとフェザーマン見ようぜ!」
達哉はニッと笑うと手を差し出した。
「…うぅっ…ほ、ほんと?」
顔を上げると、涙で潤んだ瞳と一緒に顔の半分を隠す長い黒髪が揺れた。
「ほら!早くしないと終わっちまうぞ!」
「や、やだ!見る!」
男の子が差し出したその手をギュっと握ると、ダッシュで玄関に突撃した。男の子は手が痛いと怒るが、気にしない。だって早くしないとフェザーマンが終わってしまう!
「よかったー!CMだった!」
光の差すフローリングのリビングに駆け込むと、何度も聞いたことのあるフレーズがテレビから聞こえていた。ホテルのCMだ。女の人が指でわっかを作って唇にあてて、口笛を鳴らす。達哉も何度もまねをしたが、いつもフスーっと情けない音が出るだけで、あんなに綺麗にピーっと鳴らせた試しがない。
「こら!達哉!靴脱ぎなさい!」
ぼーっとしていると、突然怒られてしまった。
「お!」
達哉がハッと下を見ると、泥だらけの靴が脱ぎかけのまま足にくっついてきていた。ちゃんと脱いできたつもりだったのに、この靴はよっぽど達哉の足から離れたくないらしい。
「…あはは…!」
手を引っ張られて、無理矢理つれてこられたせいで、同じように履きかけの靴を履いた男の子が笑い出した。達哉はパッと手を離すと、テレビをピッと指差した。
「ちくしょー…おまえ、さきにテレビ見てろよ!始まったらおしえろよな!」
そういって片手に達哉の靴、もう片手に男の子の靴を持ってダッシュで玄関に置きに行った。
「ごめんなさいね。あの子いつもああなの…」
達哉のお母さんが冷蔵庫からジュースを取り出しながら男の子に話しかけた。
「あ、床を汚してごめんなさい…」
「いいのいいの!後で達哉に拭かせばいいから…」
男の子は正座したまましばらくもじもじしていると、突然達哉のお母さんに笑顔を向ける。
「えっと、ぼく、となりに引っ越してきました橿原淳といいます!よろしくお願いします!」
そういって淳は床に丁寧に手を着いて、達哉のお母さんにペコリとお辞儀をした。あまりに子どもらしからぬ挨拶に達哉のお母さんは微笑ましくなった。その時、そんな和やかな雰囲気を打ち破って、ドタドタと達哉がリビングに駆け込んでくる。
「はっ…はっ…はじまったか!?」
「まだだよ!」
淳はニコっと笑いかけた。今までに会ったことのない、やわらかい雰囲気を持った子だなとなんとなく思った。
「淳くんは本当にいい子ね…しっかりしてるし…それにくらべてうちの子は…」
お母さんの愚痴は最後まで聞かないのが達哉だ。
「お、淳っていうのか!こっち来いって!はじまるぞ!」
テレビからいつものフェザーマンのジングルが聞こえると、達哉はまた手を無理矢理引っ張ってテレビの前に淳を座らせた。なんとなくお互いの肩がぶつかるほどの距離、二人はちょこんと並んで正座して、いよいよ始まったフェザーマンを真剣に見ていた。そんな様子に達哉のお母さんはクスクス笑いながら、ジュースを二人のそばに置いた。
「おいっスゲーな!レッドイーグル超かっこよかったな!」
すっかり興奮した達哉がレッドイーグルを真似してキックを決める。
「うん!!」
淳もすっかり興奮して、ほっぺたを真っ赤にして拳を握り締めていた。出会ったばかりなのにフェザーマンですっかり意気投合した二人は氷が溶けて薄くなったジュースを飲みながらフェザーマンについて語り合った。達哉は正義の味方で男らしいレッドイーグルが大好きだし、淳は多くを語らないちょっと謎めいているブラックファルコンが好きだった。
「フェザーマン終わったの?」
真剣に語り合う二人に苦笑しながら、達哉のお母さんがやってきた。
「ごちそうさまでした」
そういってニッコリ笑う淳の笑顔に頬を緩めながら、空になったコップをお盆に回収した。
「うん終わったよ!また来週!」
達哉が拳を振り上げて大声で言う。まだ興奮が冷め遣らぬようだ。
「なら、淳くんは私と一緒にお母さんに会いに行こうか?達哉はその間にちゃんと床を綺麗にしておくこと!」
「えー!」
「えーじゃないです!」
雑巾を渡された達哉を申し訳なさそうに淳が見ている。なんせ床を汚した原因は淳にもあるのだ、お手伝いをしたいなと思って達哉の顔を見ると、気にするなと達哉は手を振った。淳はそれをみて申し訳なさそうにニコリと笑うと…
「あの…フェザーマン見せてくれてありがとう!楽しかったね!」
それだけ言うと、達哉のお母さんに手を引かれて見えなくなってしまった。
雑巾を握って置いてけぼりの達哉は、淳の笑顔を思い出して頭がぽうっとしてしまった。
「はっ!いけね!はやくそうじしないとお母さんがうるせぇ!」
床に四つんばいになると乱暴にゴシゴシとフローリングの泥を拭き落とした。
達哉のお母さんに手を引かれて家を出ると、玄関に淳のママが待っていた。
「ママ!」
「失礼しました…淳は何もご迷惑をおかけしませんでしたか?」
達哉のお母さんが固まる。美しい長い黒髪、美しい顔立ち、光る理知的な瞳、何度もテレビで見たことがある。この人は…もしや黒須純子?
「あ、ああぁいいえ!いいえ!淳くんはとてもおりこうさんで…うちの達哉にも見習わせたいくらいですわ!」
「達哉くんですか…元気な子ですね!お陰で助かりました。淳、フェザーマン見れて良かったわね…ちゃんとお礼言った?」
「うん!達哉くんのお母さん、ありがとうございました!」
淳の満面の笑みを見ると、ペコリとお辞儀した。うれしそうな淳の様子に、淳のママはほっとしたようだった。
「改めまして、橿原と申します。今日一日、引越しでご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」
「あっかっ橿原さんでしたか…隣の周防です。こちらこそよろしくお願いします。」
作品名:きみとおとなり(1) 作家名:妄太郎