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きみとおとなり(1)

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 大人同士の会話が始まって、ちょっと退屈しだした淳がなんとなく周防家の窓を見ると、カーテンを握ってそっと覗く達哉が見えた。淳が笑って手を振ると、達哉も手を振ってくれた。
 引っ越してすぐに友達が出来て、淳はすっかりうれしくなっていた。





 お昼ごはんを食べ終わって、一息ついた淳が部屋のお片づけをしている時だった。インターフォンの音が聞こえる。いつもならほとんど一人ぼっちなので、ついつい出なくちゃと思ったが、誰かが玄関に出た気配がしたので、淳はまたお片づけを再開した。そうだった、今日はパパもママもおうちにいるんだった…。淳の心がすこし温かくなった。
「淳~!達哉くんよ~!」
「えっ!わっ!なんだろう?」
 膝に置いた本をとりあえず本棚に押し入れてと立ち上がると、すぐに玄関に向かった。
「たっ達哉くん!どうしたの?」
「公園にあそびにいかね?」
 淳がちょっと戸惑いながらママの方を見るとママは笑顔で頷いてくれた。
「いいわよ、お片づけなら後でゆっくりすればいいわ」
「ありがとうママ!いってきまーす!」
「いってきまーす!」
 達哉も淳のママに挨拶をすると、淳の手をまたさっきみたいにぎゅっと握った。達哉の行動はいつも素早い。淳の体がグンっと引っ張られる。これから達哉は淳を知らない新しい世界に連れて行く。引越しばかりであまり友達も出来ず、本と花と星がお友達だった淳に新しい世界を教えてくれるために手を強く引っ張る。
「いまからいく公園な!このへんじゃ一番おっきいとこだぞ!」
「そ…そうなの?」
「ブランコも滑り台も砂場も、ぐるぐる回るやつとかジャングルジムとか!うん、シーソーも!とにかく遊べるやつがいーっぱいある!」
 どれもこれも淳にはあまり馴染みの無いものばかりだった。だって公園に行く時は植物図鑑を片手にお散歩しているだけであっという間に時間が過ぎてしまうから。ほとんど一人の時間だから、遊具で遊ぶのなんてせいぜい滑り台とブランコくらいだった。
「はぁっ…はぁっ…たっ!達哉くんは公園好きなの?」
 淳の体はもうすでに達哉のスピードに若干ついて来れなくてゼェハァ息を荒げだしていた。でも達哉は気づいていない様子で、ぐんぐん淳を引っ張った。
「うん!公園にはいつも友達いるからな!…いない時もあるけど!でもきょうは淳がいるから心配いらないな!」
「…!ぼく…達哉くんの友達?」
「友達だよ!いっぱいおしゃべりしたもんな!」
 走っているせいか、それとも達哉に友達だといわれたせいか、淳の顔がぽっと熱くなる。心臓もドキドキして苦しい。そんな淳の顔を見ると、達哉が少し心配そうな顔をした。
「しんどい?もう少しで公園だから!」
 達哉が屈託無くニコッと笑う。
「う、うん…うん…がんばるよ!」
 公園に着くと、達哉のスピードが落ちてくる。確かに大きな公園だった。まだ夏休みのせいか、子ども達で溢れかえっていた。
「ベンチいこうぜ!」
「はぁ…はぁ…う…うん!」
 達哉はまだ手をつないだままだった。ゆっくりのスピードでベンチまで歩いていく。心臓が走ったせいでドキドキドキドキしていた。達哉の顔を見ると、汗がつっと首筋に向かって流れていく。胸が上下していて、達哉もなんやかんやでしんどかったんだなと思う。
「達哉くんって足、早いね!うらやましいな」
「えへへ…自慢できるのって、かけっこだけだもんな!」
「そんなことないよ!達哉くんは明るくてやさしいよ?」
 達哉の背筋がゾゾゾーっとした。こんなに素直に褒められたのは初めてだったから。
「…そ、そんなことないよ…」
「だって、達哉くんがひっぱってくれなかったら、ぼく今日のフェザーマン見れなかったんだよ?達哉くんがやさしいから見られたんだよ」
「ん…そりゃあ、ありがとう…」
 照れくさくて頭をポリポリ掻く。
「ぼくのほうがありがとうだよ!」
 お互いに見つめあうと、くすぐったそうに笑う。
「オレ、あんまりほめられたことないんだ」
「なんで?」
「…だってオレの兄ちゃんがすごいから」
「達哉くんよりすごいの?」
 達哉はしばらく戸惑うと、コクンと頷いた。克哉は成績優秀だね、弟思いの優しい子だね。友達から慕われる明るい子だね。いつもいつも褒められるのは兄ちゃんだった。そして、達哉は怒られてばかり。また暴れて!散らかして!うるさくして!もういいからお外に出てなさい!
「…淳はオレの兄ちゃんに会いたい?」
「んー、会いたいな」
「…そっか…」
 きっと淳も兄ちゃんに会ったら、達哉より兄ちゃんのことが好きになるんだ。そう思うと少し悲しくなる。おまけに兄ちゃんはお菓子も作れる。だから、友達が家に遊びに来るのはあまり好きじゃない。兄ちゃんがお菓子を持って現れると、あっという間に兄ちゃんの話題で引っ張りだこになる。達哉になんて興味が無くなって皆の好奇の対象が兄ちゃんに移る。
「達哉くんににてるの?ぼくね、一人っ子だから、お兄ちゃんってどんなかんじかわかんないから、会いたいな」
「にてないんじゃね?」
 達哉は淳の言葉になんだか照れくさくなってしまってぶっきらぼうに言った。本当は、似てるってたまに言われる。だけど、達哉はそれが気にくわないのでそれは秘密にしていた。
「ふーん、そうなんだ?」
 淳の黒い瞳がただじっと達哉を見つめる。なんだか魔法をかけられそうな、不思議な瞳だった。
「じゅ、淳はなにがとくいなの?」
「うーん、そうだなぁ…」
 そう言いながらベンチからピョコッと立ち上がると、裏の草群に入っていく。四つんばいになって何かを探しだした淳に、達哉はびっくりして追いかける。
「あ、あった!」
 淳が見つけたのはシロツメクサだった。小さな白い花弁が規則正しい高低差で球を描くように並んでいる。淳は茎をなるべく長めに摘み取ると、丸く円になるように結び付けた。淳の小さくて白い手には、今、小さな指輪が転がっていた。
「シロツメクサのゆびわ!あげる!」
「…う、うん…」
 淳の得意なことの意味もイマイチよくわからないし、この不思議な行動もよくわからない。達哉は思わず首をかしげた。そんな様子に淳はニコッと笑った。
「花言葉は、わたしをおもって…」
 淳の何気ない一言に突然顔が熱くなってくる。真っ赤になってやしないだろうかとほっぺたを押さえる。
「ねぇ、達哉くん、うけとって!」
「な、なんだよそれ!」
「…んー、ぼくのすなおな気持ちなんだけどなー?じゃあ、約束がいいかな?」
 淳はほっぺたを押さえている達哉の手をそっと取ると、小指にシロツメクサの指輪をはめる。
「またあそぼうねっていう、やくそく」
「うん…そ、それならいいかな?」
 なんだか照れくさいけど、淳の雰囲気に流されてしまう。不思議な黒い目…突飛な行動、淳は魔法使いかもしれない。
「ぼくね、お花が好きだよ。だからお花のことたくさんしってるよ」
 そういってニコっと淳が笑うと、達哉は少し目を見開いた。なんだか妙に腑に落ちたような気がした。…お花の好きな魔法使いなのか…。
「…そ、そうか。オレもフェザーマン好きだから、フェザーマンのことならたくさんしってる!だから一緒だな!」
「うん!そうだね!あとね、こんなものも見つけたんだ!」
作品名:きみとおとなり(1) 作家名:妄太郎