きみとおとなり(1)
「う、うん…達哉?」
耳元でささやかれる淳の声。サラサラとした淳の髪の毛が首筋に触れる。
「オレたち友達だからな!…だからな、それでいいんだ!」
『…はい』
インターフォンから淳のママの少し低い魅力的な声が響いてきた。淳は達哉の肩にもたれたまま、インターフォンに顔を近づける。
「ママ、ただいま!」
『淳?待っててね!』
事情を聞いているのだろう、少し切羽詰った様子だった。達哉は怒られるのかな?と少し怖くなってしまった。そんな様子を見てか、淳がニコリと微笑んだ。
「だいじょうぶだよ!だって達哉はぼくをせおって、おうちまでつれてきてくれたもの!ママはおこったりしないよ!」
「う、うん…」
玄関を開けて淳のママが出てくる。スラリとした長身、長い黒髪にロングワンピース、はじめてあった時はフェザーマンで忙しくてなんとも思わなかったけど、改めて見ると、どこかの国の女王様とでもいった雰囲気だった。達哉はちょっと見とれてしまった。
「あぁ、良かった!達哉君、ありがとうね!淳を背負ってきてくれたんでしょ?あなたのお兄さんから聞いたわ…すごいわね!」
「えっ…は…はい…!」
淳のママは怒るどころか、ニコニコ笑顔だった。優しい手が達哉の茶色い髪の毛を撫でてくれた。なんだか、女王様に仕える騎士にでもなったような気がして、達哉はうれしくなって笑顔をむけた。そうしたら、淳は王子様になるのかな?
「淳?足はどう?」
淳はちょっともじもじしながら一歩を踏み出す、一瞬眉が下がったが微笑んだ。
「大丈夫!」
「…そう」
淳のママは少し寂しそうな顔をした。達哉にもわかる、淳は無理をしていた。達哉の心がチクリと痛む。
「達哉!今日はいっぱいありがとうだね!」
「う、うん…オレもゆびわとか四葉のクローバーもらったし、おあいこだよ」
淳がちょっと恥ずかしそうに笑う。
「えへへ…ねぇ?四葉のクローバーの花言葉ってしってる?」
達哉はそっと首を横に振った。茶色い髪がふるふると揺れた。
「知らない」
「私のものになって」
「…は…はぁ?」
淳の突拍子も無い発言に夕焼けでもわかるくらい赤くなる。
「ぼくの友達…だもんね?」
「あたりまえだろ!」
テレながら頭の後ろで手を組むと、何か柔らかいものが手に触れた。シロツメクサの指輪だ。
「あ、そうだ!あした引越しのお手伝いにいっていいか?オレのせいでできなかっただろ?」
「えっ?」
「淳の足…けがさせちゃったから…お詫び…」
そういって約束を示すシロツメクサの指輪をつけた拳をグイっと淳に突き出した。それを見ると、淳は笑顔になって頷いた。
「う…うん!」
達哉は淳に怪我をさせたお詫びがどうしてもしたかった。淳はママを見上げる。優しく微笑んでいた。
「ママ…?」
「いいわよ?」
淳はうれしそうにパっと笑顔になって達哉に向き直ると、目を輝かせて頷いた。
「う、うん!また明日ね!」
「うん!また明日!」
達哉は手を振った、淳と淳のママも手を振ってくれた。
玄関ではモミアゲ眼鏡の兄ちゃんが腕を組んで待っていた。
「思ったより早かったな」
中腰でで達哉に目線をあわすと、二人で小さくハイタッチをした。
「兄ちゃんありがとう」
「…お前も男になったなぁ…」
「えへへ…」
「よし、兄ちゃんがそんなお前にいいもの作ってやるからな!」
克哉はなぜか鼻をすすりながらそう言った。達哉は嫌な予感がして一歩身を引いた。
「…お菓子はやだ…オレ食べない!」
全力で達哉に首を横に振られるとさすがに兄ちゃんはガックリ肩を落とした。
「…ハハハ、そんなに兄ちゃんのお菓子は嫌か…だけど、明日また淳くんところに行くんだろ?ケガをさせてしまったお詫びに持っていくといい」
「…むぅ…おいしくつくれよ?」
克哉は偉そうに腕を組んでむくれる達哉の頬をギュっと押さえつけた。
「兄ちゃんはパティシエになる男だぞ?安心しなさい!」
「…どぅーだか…」
ほっぺたを押さえられたまま達哉はニヤっと笑った。
その夜、達哉が持ってる本の中で一番大きな本を取り出した、百科事典に紙にはさんだシロツメクサの指輪と四葉のクローバーを挟む。これは大切な宝物にしよう。でも、過去なんて達哉にはわりかしどうでもよくて、今はただ、早く明日になればいいと思っている。布団にもぐると早く淳に会いたいな…と思った。淳の顔を思い出すだけでうれしくなった。
作品名:きみとおとなり(1) 作家名:妄太郎