いつか君と奏でる調べ
「その人に向かって、さっきの言ったのか?」
「らしいな」
「…すげぇな」
「おうよ。見た目と違って中身に一本筋の通った人だったから、一旦切れると怖ぇんだよ」
紅雀の父親は、その啖呵を聞いて、ますます惚れたという。
懲りずに数多くのプレゼントを渡し、すべてつき返された。
そのうちの一つが、このかんざしだった。
「どんな物を持ってきても絶対に受け取らないと決めてらしいが、このかんざしだけは、一目で気に入っちまったんだとさ。欲しいが親父からは受け取りたくねぇ。でもどこを探しても同じものは見つからねぇ。そりゃぁそうだな。こいつは親父が知り合いの飾り職人に特注で作らせた一点ものだったからな。」
「…おじさんもすげぇな」
「ふん。所詮はやくざだけどな。で、お袋はそのかんざしを作った職人を探して、同じものを作ってくれるように頼みに行った。でも、それは断られた。一点という約束で作ったものだから同じものを作ることは出来ないってな。それを聞いてお袋は親父に言ったそうだ。『このかんざしはとても素敵だが、色が好きではない。デザインももう少し丸みがあるほうが好みだ。それだったら受け取ったかもしれないのに』ってな」
「え? それって」
「おう。親父がそのかんざしもって作り直しを依頼した翌日、返品されたそのかんざしをお袋が買ったんだよ」
蒼葉が言いにくそうに身じろぎした。
「えー、っとそれってもしかして」
「ありていに言えば、詐欺、に近いよな」
「…やっぱり?」
「そこまでしても欲しいと思うくらい、良く出来てたんだよ。…後で聞いた話だと、大まかなデザインの注文は親父がしたらしい。三線の好きな女性に上げたいと。リアルでかつデザイン的なものがいいと。女性のイメージを事細かに告げて、この人に似合うものにして欲しいと言ったそうだ」
その日から、紅雀の母は毎日そのかんざしをつけた。それをみた父は怒りもせず、
『想像したとおり、君の髪に良く似合っている』
と言った。
それを聞いて母は、初めて父に笑ったという。
『素敵な贈り物を有難う』と。
「自分に似合うものを贈ろうとした心意気に礼をいったんだと。あのまま品物をもらっちまうと、自分が金で買われたみたいで嫌だから、心意気だけもらうことにしたそうだ」
「へ〜、格好いい人だなぁ」
「だな」
蒼葉は気付かない振りをして、話を続けていた。
……回された紅雀の腕が、かすかに震えていることに。
「あの日も」
ぎゅっ、と蒼葉を抱く手に力がこもる。
「あの日も、このかんざしをつけてた…。」
『あの日』。それがいつを指すのか、分かっていた。
「意識が戻ったときの、最初の記憶は、血溜りに浮かんでたこのかんざしだった」
「うん」
「血が、べったりくっついててよ。手に取るとぼたぼた塊が落ちるんだよ」
「うん」
「髪が、…髪が絡まっていて」
「うん」
「……拭っても拭っても染み込んだ血は、落ちねぇんだ」
「うん」
震える手を包み込んでなでる。
体を後に傾け、紅雀に寄りかかるようにして体を寄せた。
ずっと、一人で抱え込んでいたのだろう。
髪にかんざしを挿すたびに、どんな思いがそこにあったのか。
蒼葉には想像することしか出来ない。
今日、こうして話してもらえて、嬉しかった。
少しでも、抱えているものが軽くなればいい。
しばらくして。紅雀が顔を上げ、蒼葉の肩にあごを乗せて顔を寄せる。
蒼葉も顔を傾けてそれに応えた。
「いつか」
「ん?」
「いつか、おまえに三線を聴かせてやりてぇな」
「…おまえが? 弾くのか?」
驚いて顔を向けると、わざとらしく顔をしかめた紅雀と目が合った。
「ひでぇな。俺、小さいときからお袋に三線は仕込まれてたんだぜ? それなりの腕だと思うけどな」
「本当かよ」
「といっても、弾かなくなって結構たつし、いきなりは無理だけどな」
でも、と。
「いつか、お前に聴かせてやりてぇよ」
「うん。俺も聴きたい。お前の、お前とおばさんの三線」
「はは、そのときは蒼葉も弾けよ」
「ええ? 無理無理、俺やったことねぇし」
「教えてやるよ。手取り足取り、な」
「…なんかエロイんですけど?」
手をぴしりとたたくと、「いてっ」と紅雀が笑った。
かんざしが手のひらの中でくるりと回る。
と、突然蒼葉が身じろぎをし、くるりと紅雀に向き直った。
「?」
ひざ立ちになると、不思議そうに首をかしげる紅雀の顔を無理やり右に向け、髪の結び目にかんざしを挿す。
「…うん。似合ってる」
「…」
「お前の髪にも、すげぇ、似合ってるよ」
贖罪のためでもなく、戒めでもなく。
ただ、似合っているから、大切な母の形見を髪に飾る。
それで良いじゃないかと、伝えてやりたかった。
たとえ今すぐには無理でも、いつか、そう思えるようになればいい。
こつん、と紅雀の額が胸にあたった。
そのまま顔をうずめるようにして、強く抱き寄せられる。
「…ありがとよ」
ささやくような言葉に、無言で紅雀の髪を梳くようになでた。
「いつかその日がきたら、ちゃんと三線、教えろよ?」
「…おう。まかせとけ」
いつか、本当にそんな日が来たら、どんなに良いだろう。
笑って、三線を爪弾きあう。
紅い、このかんざしをつけて…。
その日を思い浮かべながら、二人微笑みあった。
――― 君と奏でる調べは、きっと、幸せの音色
作品名:いつか君と奏でる調べ 作家名:かやの