たいばに カード
確かに、それはバースデーカードで、ハッピーバースデーと印字されていた。その他の言葉を書き込もうとして、虎徹さんは悩んでいたらしい。
「お相手によるのでは? 」
「相手か? 俺よりちょっと年上の女性だ。毎年、贈るんだけどさ。カードの印字だけっていうのも味気ないだろ? 近況って言っても、これといってないし、こう、相手が喜びそうな言葉っていうのがあればなあって。」
「『素晴らしい一年を。』とか『あなたが生まれてきたことに感謝を。』とか言うのが定番ですね。」
「それ、以前に書いたら、めっちゃウケてた。俺らしくない気障ったらしいって言われた。」
「あーまー、あなたみたいなおじさんが、気障な台詞って似合いませんね。」
「おまえ、喧嘩売ってんの? バニーちゃん。」
「いえ、そういうわけでは・・・それなら、虎徹さんが、他の方に話すような言葉でいいじゃないんですか? 」
「『もう祝って欲しくない年頃だろうけど、目出度いぜ? 』とか? 」
「それは・・・」
「『人生も曲がり角だから、お肌に気をつけろ? 』とか? 」
「女性に、その言葉は暴力でしょう。」
「『お互い、年取ったけど、これからも頑張ろうぜ? 』とか? 」
「さっきよりはいいんじゃないですか? 」
「うーん、なんか今ひとつなんだよな。バニーちゃんなら、どんなこと書く? 」
「え? 」
尋ねられて、詰まった。僕には、カードを書くという習慣がない。だから、誰かにカードを贈ったことはないのだ。サマンサおばさんには、花束を贈っていたが、カードは印字されているものしか用意しなかった。だから、思いつかない。それに、こんなに悩んで考えているカードの贈り主にも、モヤモヤした。そこまで虎徹さんに考えさせる相手は、ただの相手ではないのだろう。そう考えると、嫉妬する。だが、そんなことは顔に出せない。虎徹さんに出すなら、と、考えてみる。
「『あなたの傍に来年の誕生日まで居たいです。』」
「はあ? おいおい、バニーちゃん、それはバレンタインの言葉だろ? 」
「『あなたを守り続けます。』」
「お、それはいいな。よしっっ、それ、採用。」
よしよし、と、虎徹さんは、その文字を書き込んでカードを閉じた。それは、本当は、僕があなたに言いたい言葉で、あなたにも僕に言って欲しかった言葉だ。それを贈られる相手が、とても腹立たしく、僕は席を立った。カードの贈り主の名前なんか見たくもない。
バディといっても、出動でなければ、ずっと一緒というわけではない。メディアの露出の多い僕は、単独の仕事も多い。今日も、そんなわけで別に別に行動していた。朝の一瞬の邂逅だけで、僕は我慢できなくて、深夜近い時間に虎徹さんの部屋を訪ねた。合鍵を貰っているから、相手が寝ていても問題はない。こっそりと見つからないように、サングラスと帽子とマフラーで顔を隠して、部屋に入り込んだ。案の定、電気は消えている。
二階のベッドまで忍んで行って、ベッドに入り込む。手袋も脱がす、コートのままで、寝ている虎徹さんに抱きついたら、びっくりして飛び起きた。
「・・・冷たっっ。」
「ああ、すいません。」
声で僕だとわかったら、虎徹さんの身体は弛緩した。ベッドサイドの明かりをつけて、目を擦っている。
「・・・どうした? 」
「逢いたくなりました。たまには、僕のところへ来てくださいよ、虎徹さん。」
「行ってるだろ? 」
「今日は会いたかったんです。あなたが他人にバースデーカードなんて贈るのがわかって、すごく嫉妬しました。僕には、カードなんてくれたこともない。」
結局、一日もやもやして気分は晴れなかった。だから、直接、文句を言いたくなったのだ。子供じみていると笑われても、言いたいことがあった。
「目の前に居るのに、なんでカードだよ? てか、バニーちゃん、嫉妬って・・・おまえ、あれは違うぞ。」
「あなたが、あの言葉を、そのまま書くから。」
「ああ? ああ、『あなたを守り続けます。』か? 別にいい言葉だったろ? 確かに守り続けたいと思ったしさ。」
「そんな大切な方がいらっしゃるんですか? 楓ちゃんなら、僕も嫉妬しません。でも、楓ちゃんのバースデーじゃないですよね。」
この人には、大切なものがある。守りたいと願う大切な宝物だ。だから、それについては、僕も理解している。僕も一緒に守りたいと思っているからだ。僕が真剣に尋ねたら、虎徹さんは噴出して笑い出した。
「なっっ、どういうことですかっっ、僕が、こんなに腹立たしい気持ちだっていうのにっっ。」
「いや、うん・・・あははははは・・・・バニー、俺のバニーちゃん・・・・かわいい・・・はははははは・・・ほんと、かわいいなあ。」
ゆっくりと起き上がり、虎徹さんは、僕の手袋を脱がせて、コートも剥ぎ取った。そして、僕を抱き締めてくれる。
「あのな、あれは、俺の古くからのファンなんだ。ずっと、俺のことを応援してくれている人なんだよ。・・・まあ、いろいろとあってさ。似たような境遇なもんで、あの人にだけはカードを贈ってるんだ。」
ちゃんと虎徹さんは、その人のことを話してくれた。ずっと、虎徹さんがヒーローになった時から応援してくれている人だが、虎徹さんが、そうだったように、その人にも悲しい別れがあって力づけるために、カードを贈り始めたのが切欠だったらしい。
「まあ、俺みたいなロートルのことを応援し続けてくれてる貴重な人だし、その人たちの安全も守りたいと、俺は思ってる。だから、いい言葉だと思ったんだ。」
抱き締めてくれていた虎徹さんは、僕のジャケットやベルトを外して笑っている。シュテルンビルトの住人ではないけど、ここの犯罪者を減らせば、あちらに害が及ぶことも減るだろうということだった。それを聞くと、僕の憤りは霧散した。そんな意味だったのなら、確かにいい言葉だ。
「・・・僕は、あの言葉を虎徹さんに贈りたいと思ったんです。そして、虎徹さんからも貰いたいと思いました。」
「そんなの言わなくても当たり前だろ? 俺たちはバディで恋人なんだから、どっちもどっちのことを守るのは当たり前だ。・・・しかし、それで深夜に襲いに来られるとは思わなかったぞ。」
「ごめんなさい、居てもたっても居られなくて・・・僕、虎徹さんに見捨てられたら生きている価値がありません。」
「はいはい、見捨てませんよーおじさんは。・・・・納得したなら、さっさと寝よう。明日も早いんだろ? 」
コテンと僕を抱き締めたまま、ベッドに倒れこんだ。僕も、ぎゅっと虎徹さんを抱き締める。翌日が仕事でなければ、このままセックスに雪崩れ込むところだが、明日も仕事だ。だから、大人しく虎徹さんの匂いと体温を感じながら目を閉じる。
だが、無常にも呼び出し音だ。
「ボンジュール、ヒーロー。事件よ。」
アニエスさんの声で飛び起きて、ふたりして着替える。クルマを近くのコインパーキングに停めてあるから、そこまでダッシュだ。アポロンのトレーナーに乗り込むためにクルマをスタートさせる。
「残念だったな? バニー。」
「寝るつもりでしたけど? 虎徹さんは違ったんですね。」
「おいおい、人を淫乱みたいに言わないでくれる? おじさん、泣いちゃうぞ。」