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HoneyTrap (もう一つの結末)

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アリスは目を覚ました。

(また同じ夢・・)

力尽くで押さえ込まれた時に、逃げ出せた夢。でも、現実の自分はブラッドの隣で眠る。現状を端的に言い表せば、囚われの情婦といったところか。
帽子屋の屋敷内ですら、以前のように自由に動けない。客室とブラッドの部屋だけが自分に許された空間。
あれ以来すっかり帽子屋との関係は変わってしまった。完全なる支配者になった男と隷属する女。

厳密にはブラッドに支配されているのではない。あの時に感じた死の恐怖に支配されてしまっているのだ。じわじわと息を止められる恐怖。銃器を突きつけられた恐怖。それらはすべて死のイメージに繋がってゆく。
「死ぬ前に楽しませろ。」と言い放った男は、恐怖というものを非常に良く理解していた。
死を抽象的なものとして認識している時よりも、身体に息を止められた苦痛を体感させた後のほうが、より死への恐怖は強くなる。そして、より残虐な死を想像させるマシンガンを突きつける。勢いで命を奪わない。力でねじ伏せ自由を奪いながら、死をじわじわと感じさせる時間を獲物に与える。
恐怖を操り、死をより暗い闇の中に浮き立たせる。こんな拷問に耐えられる一般人はそうは居ないだろう。選べるならば生を取る。それが正常な反応だ。
だが、自分が生き残ってしまったことに少なからず罪悪感を感じている。それは娼婦に堕ちてまで生に執着した自分に対してのものなのか、はっきりしない。


そっとベッドを抜けると客室に戻り、バスタブに湯を張る。緊張で張り詰めていた筋肉をほぐすために、ゆっくりと身体を温める。あの男の側に居ると、無意識に緊張して全身に力が入ってしまうのだ。酷い扱いを受けたのは、あの時一度きりだ。それでも忘れられるはずが無い。
バスローブを身に着けるとバスルームを出た。
窓の外の明るい日差しに誘われて久しく外の景色を見る。もうどれ位外出をしていないだろうか。

「外に出てみたい。」

そんな簡単なことすら言えない時間を過ごしていた。それは完全に絶望したからではない。
小瓶の液体は九割方満ちている。後どれ位の時が残っているのかわからないが、この状況から抜けられる唯一の希望だ。それで自由になれる。
元の世界に戻れば、全ては過去のこととして忘れてしまえばいいのだ。

三時間帯後に夜が来た。世界が闇に包まれると、夜伽役にいつ呼ばれるかと緊張する。ベッドに横になりながらいつの間にか転寝をしていた。その身体に重みがのしかかる。目を開けると耳に熱く湿った吐息がかけられた。

「あっ・・」

この部屋で生々しい行為に及ぶのは嫌だった。此処で過ごす時間だけは、今の自分の立場を忘れたいから。けれど拒否できない。なされるがままに受け入れて、我を忘れるほどの快楽に溺れる。もう幾度もこんな夜を過ごしてきた。だから感じる。今夜の彼は気が立っている。今までに無いほどに長い時間を娼婦として強制されている。最後に来た怒涛のような快感の波が、アリスの意識を攫っていった。



目を開けると、ナイトメアの支配する空間に浮いている。だが何時もと違うことに直ぐに気付いた。それはただの夢の中ではないという事と、本当の自分の記憶がはっきり戻っているという事。現実の自分の状況に愕然とする。全ての記憶が明らかになった今、逃げ道は何処にも無いと一瞬で悟ったからだ。

「君はもう全て思い出したんだろう? ロリーナのことで自分を責め過ぎて、自分の中に篭ってしまった現在の君のことも。ペーターはそこから君を救いたかったのさ。そして以前のように愛して欲しかったんだ。」

片目を隠した美青年が語る。

「現実の私って、こんなにボロボロになっていたの・・・」

アリスは溜息を吐く。ペーターが執拗にこの世界に留まれと言っていた意味を理解した。あちらに帰っても幸せにはなれないという意味を。こんなに救いが無い状態だったとは、我が身の上ながら驚いた。

「私達は皆、君のことが好きなんだよ。だから見ていられなかったんだ。」

これはナイトメア効果なのか、現実を知った今も何処か他人事な感じがする。きっとあちらに戻れば現実の重みが掛かってくるのだろう。立ち上がれないほどの重圧が。
自分の考えを正直に姉に話した直後の姉の病死に、自分を責めた。言うべきではなかったと後悔した。謝る暇も無いくらいに病気は姉をあっという間に連れて行ってしまったから。だが、悩めるアリスを受け止め慰める存在は彼女の周りには居ない。皆、死んでいった者にばかり愛情を注ぐ。父も、かつての恋人も。
突然訪れた姉の死に、自分を責める気持ちが強過ぎて、感情が死んでしまったように泣けない。母や姉が死んだ時に泣かなかったことを冷たいと妹に責められ、素直に喜怒哀楽を表現できる人間ばかりではないと言い返したかったが、まだ若い妹にそれは理解されないだろうと言葉を呑んだ。
全てを飲み込んだままアリスの瞳は次第にガラス玉の様に何も映さなくなってゆく。

「死んだ人とは関係をやり直すことは出来ないわ。でも、生きてる相手とならば・・」

現状を知った上で選択肢を任されたのなら、アリスは時間の世界に残りたいと思った。でも・・・それでは無責任ではないのか。自分の責任を放棄していいのか、悩む。やはり自分にとっての現実は向こうの世界なのだ。

「君は恵まれた状況だから此方を選ぶわけじゃない。可能性のある未来を選択することは悪いことじゃないんだ。だから、そんなに責任を感じる必要はないさ。」

ナイトメアは優しい。いつも夢の中で導く言葉をくれたり、楽しませてくれた。今もこうして自分の選択の背を押してくれる。

「吐血もしたけどね・・」

最後に言葉で照れ隠しをする。けれど彼は心を読める。そんな照れ隠しは無駄なのだろうが。





目を覚ますと見慣れた客室のベッドの上だった。いつもと違っていたのは、ブラッドがベッドの端に腰掛けて此方を見ていたことだ。ベッドサイド用の小さい明かりの中で見るその視線は何か問いた気だ。

「・・・どうしたの?」

ブラッドは少し驚いたようにアリスを見た。

「いや、何でもない。・・・君が話しかけてくるのは久し振りだ。」

「・・・・・」

本当に、こうしてブラッドと視線を合わせるのは久し振りだ。小さな明かりのせいではっきり見えないからなのかもしれない。この男への恐怖心が変化したわけではないのだ。今でも怖い。

「ナイトメアに会ったのか?」

「知っていたの?」

驚いて、一度外した視線をもう一度ブラッドに戻す。

「良かったのか? 私から逃れるチャンスを自ら捨てたんだろう?」

「そうね。」

ナイトメアと話したことは記憶にある。でも、如何して此方を選んだのかは覚えていない。あれほど小瓶を希望の光だと思っていたのに。今はその希望すらなくなったというのに。不思議と自分の気持ちは落ち込んではいないのだ。少し勇気を出して尋ねる。

「私が帰らないと知っていたの?」

探りを入れるようなアリスの視線に、ブラッドは何も答えず立ち上がる。

「忘れるな、君は私の所有物だ。その状況に変わりは無い。」