穏やかな朝に包まれて
チャールズがマドレーヌを手に突き出してくる。仕方なくそれを受け取るとエリックは一口かじった。思った通り自分には少々甘ったるい味だ。
けれども意外にも砂糖の入っていない紅茶と合い、手につけないでいようとしていたマドレーヌは思ったより早く片手からなくなった。
チャールズの方へと視線を向ける。優雅に紅茶を飲んでいる彼の姿はこの薔薇園と合っている。それにしても本当に美しい。起きた時も感じたが、案外朝が似合う男なのではないか――なんて何をらしくもない事を考えているんだか、と誰に誤魔化す訳でもなく、残りのカップの中の紅茶を一気飲みする。
「もう飲み終わったのかい? お代わりする?」
悪い、と空になったティーカップを差し出し、新たに紅茶を注いで貰う。
「…綺麗な空だね」
注ぎ終わってから少し間を置いて、チャールズが言った。その言葉につられて空を見上げる。雲の少ない朝方の空は透明な青をした自然なグラデーションを描いている。
それだけじゃない。景色だけではなく空気も混じりけがないのだ。少し冷たくひんやりとして、肺に溶けゆく。軽く深呼吸をするだけでそれを感じる。
更には風の音、鳥の囀ずりと普段は気にも留めない些細なものまでもが耳に心地好く思えてくる。
「君と2人っきりになれる時間が欲しかったんだ」
両手でカップを丸めるように撫でる仕草をしてチャールズが呟く。
「時間に追われててこうやってゆっくりする事ができなかったから 」
カップの中を愛しげに見つめている彼の姿をエリックは暫く、見つめていた。
幸せそうな、心から恵まれているといったような慈愛に満ちた瞳と出合いする。ふっと穏やかな気持ちが胸の奥に降り注いでくる気がした。例えるなら冷たい氷の塊に日が射し、みるみるうちに溶けていく感覚に近い。
それにしても不思議だ。
自分の目的は明確としている筈だ。一刻も早くショウを倒さなくば。そうだ。
それなのに、何故だろう。彼と一緒に時を過ごせるのならこういった時間も惜しくないとすら思えてしまうのだ。
きっと、これが彼――チャールズが持ちうる本質的な力なのだろう。
(いつから俺はこんなに自分に甘くなったんだか…)
恐らく彼のせいだ。良くも、悪くも。人と関わる優しさを知ってしまったせいで。
風が吹く。途端に頭上から白い花弁が一枚、カップの中へひらりと落ちてきて、橙色をした水面で小さな波紋を広げ、ゆらゆらと揺れる。
「おや、さっき君に怪我を負わせた悪戯なスノークイーンが舞い降りてきたのかな」
「さっきの白薔薇か?」
「ああ、僕に劣らずよっぽど君の事が好きらしい」
「まさか」
思わず互いに笑みが溢れる。小さな幸せに喜びあいながら。
白い花弁の入った二度目のダージリンを口にしながらエリックは思った。戦いに備えて力を蓄えるのも良いが、たまには息抜きでこういう日があっても悪くない、と。
END
作品名:穏やかな朝に包まれて 作家名:なずな