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穏やかな朝に包まれて

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***





 色とりどりの薔薇と、気品溢れる香気がたゆたう輪の中を見渡しながら通っていく。
 チャールズに言われるがままに来てみたがまさかあの屋敷に薔薇庭園があったとは正直驚いた。
 エリックを囲う茨道。赤に薄桃色、黄、薄紫、更に言えば同じ赤でも黒がかった赤までと種類が豊富だ。
 ふと、真横の白い薔薇が目に入った。微かに匂う麗しい香り。他の薔薇より少し大きめな、降ったばかりの雪を連想させるように白くふんわりとした形をしている。
 エリックは興味本意でそっと白薔薇に指先を添えてみた。

「――ッ!!」


 突如むず痒い痛みが電流の様に駆け抜ける。思わず顔をしかめ、咄嗟に指へと視線を走らせる。思った通り、指先には小さな擦り傷から少量の血が流れていた。とは言え、軽傷と呼ぶのにもオーバーなかすり傷だったので然程気にせず、エリックは親指で怪我をした人差し指を擦り合わせながら先へ進もうとした、と同時に背後で声がした。

「…エリック? もうとっくに席についているのかとばかり思ってたのに」

 振り返るとティーセットを抱えながら立っているチャールズの姿があった。

「棘が指にでも刺さったのかい?」
「っ…大袈裟だ、こんなの怪我のうちにも入らない」
「そう? でも手当てすることには越したことはないだろ? ほら、指を見せて」
「っ、おい」

 チャールズは少々強引にエリックの手を引っ張ると、「滲みるよ」と言いながら、かすった方の指へと消毒液をつけると手際よく絆創膏を巻き付けた。

「全く…大したことのない怪我からでも大変な事態になりうる場合もあるんだ。気を付けてくれ」

 若干過保護過ぎなのではないかと思いはしたが取り敢えず「ああ」と返す。と、その途中でふと、ある疑問が浮かんできた。

「待ってくれ、俺が怪我をするなんて知らない筈のお前がどうして前もって絆創膏と消毒液なんか持ってたんだ?」

 するとチャールズは少し困ったような笑顔で「君、意外とおっちょこちょいな部分があるからね。特にこういう慣れない場所だと気になって気になって仕方ないんだろうし」と返してきた。言われるとなんだか自分が子供っぽく思われているみたいで、恥ずかしい気持ちになって言葉に詰まる。

 そんな自分に微笑を向けた後、チャールズは先程、エリックが触った白い薔薇に近づきそっと花弁に指先を添えた。

「『フラウ・カール・ドルシュキー』か…確か蔓性だったから棘はあまり少ない方だと記憶していたんだけれど僕としたことが、迂闊だったかな」

 などとひとり、喋る花図鑑のようにぼやいている間、改めて辺りを見回してみる。やはりあるのは薔薇だ。

「…知らなかった」

 えっ? とチャールズが聞き返す。

「こんなところに薔薇園があるだなんて知らなかった」
「まぁ、隠れ家みたいなものだからね。それよりどうだい? そろそろあそこの椅子にでも腰掛けてみたら」

 そう促されてエリックは白いチェストに腰を下ろし、またチャールズも抱えているティーセットらしきものを椅子と同じ色をした白い円テーブルに置くと、エリックと向かい合わせになる形で座った。
 清潔感漂う花柄のトレイの上には白いティーカップとソーサー、同じく白いティーポットと容器全てが白で統一されている。皿の上にはこんがりと焼き上がったクッキーにきつね色したマドレーヌと、甘い菓子が既に用意されていた。
 ポットの中からは品のある香りが微かに漂ってくる。瑞々しく、しとやかで繊細な香気が鼻孔をくすぐる。

「茶葉なんだけどアッサムと迷ってダージリンにしてみたんだ。本当は先に君の好みを訊いておいた方が良かったのだろうけど君、眠そうだったし訊くのもなんとなく気が引けて。それで勝手に僕の気分でだけれど、朝はあまり濃厚なミルクティーよりすっきりとしたストレートティーにしてみたんだ」

 チャールズがポットを両手で包み込みながら楽しそうに語る。そんな彼の姿がエリックは愛しくて仕方がなかった。

「…いや、俺もダージリンの方が好きだ」

 独り言のような呟きにチャールズはニコリとしながら良かった、と返した。

「砂糖はいるかい?」
「俺はいい」

 ポットを持つとチャールズは空のカップに紅茶を淹れた。最初はエリックの、次にチャールズのに。カップの中からはダージリンのたおやかな香りが流れていく空気に乗せて鼻の奥へと通っていく。

「僕は甘い方が好きだから砂糖を入れるね」

 そう言った後、チャールズはシュガーポットの中から銀色のスプーンを取り出し、砂糖を掬い、透き通った薄めのオレンジ色をした茶にそれを少しずつ入れていった。使ったスプーンを砂糖入れの容器に戻すと、受け皿にシュガーポットとは別の匙が置かれていて、今度はそれを使ってカップの中をかき混ぜ始めた。

「ハハ…ホントは『ゴールデンルール』を使った方が良かったんだろうけど流石にそこまでの余裕はなくて…」
「『ゴールデンルール』…? なんだ? それ?」
「紅茶を美味しく淹れる方法だよ。沸騰したお湯であらかじめカップとポットを温めておく。ポットのお湯は1分ぐらいしたら捨てて次に茶葉を入れる。勿論新しいお湯もね。それから3分から5分間、出来るまで蒸らす。葉が完全に開いた後にティーストレーナーを使ってカップに淹れる。『ベストドロップ』と呼ばれる最後の一滴までね。どうだい? 実に手間のかかる作業だろう?」

 紅茶に明るいであろう、イギリス人のチャールズとは違い、最低限の知識しか知らないエリックはただでさえついていけないのに専門用語らしき言葉まで飛び交ってしまってはもう何を言っているのかすら解らない。だからなんとなく曖昧な返事をするぐらいしかできなかった。

「あっ、今なんとなく聞き流していただろう?」

 ギクリとして心臓が軽く跳ねる。

「てっ…テレパシーでも使ったのか?」

 すると何を思ったのか急にチャールズは腹を抱えながら笑いだした。

「ははは…何を言い出すのかと思えば…君のその解りやすい態度を見ていれば誰だって分かるよ。それをわざわざテレパシーでだなんて…あはははっ…」

 そこまで言われると流石にコケにされたような気分になり思わずムッとなる。遂にはそれさえも顔に出てしまったらしく、チャールズは今までしていた馬鹿笑いをひいひいと名残を残してだが、徐々にやめていった。

「ああ、すまない…別に馬鹿にした訳じゃないんだ。ただあまりにも君が面白くて」
「……」
「そっ、そんなに睨まないでくれよ…本当だって」

 両手を軽く押しだす身振りをしているチャールズを見て、エリックは溜め息を吐き、ティーカップの中の紅茶に目線を落とした。薄いオレンジ色の水色の中に鏡の様に自分自身が映る。
 カップの取っ手を持って口付けてみる。温かい紅茶の温度が喉を通っていく。味わいもさっぱりしたもので程良い渋みも含まれている。あまり濃い味を好まないエリックにとっては十分だった。

「美味しい?」
「…ああ」
「良かった…お菓子も一緒に食べたらどう?」
「俺はこれだけで十分だ」
「折角のブレックファストティーなんだ。紅茶だけだなんて勿体無いよ」
作品名:穏やかな朝に包まれて 作家名:なずな