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満月の夜の恐竜機械

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 目の前に出されたのは、熱々のバタートーストと煮リンゴの上に……。
「こりゃあ……アリスクリームか?」
 クリーム色の固まりが乗って、端からもう溶け始めている。
「そう。大雑把だけど、これでけっこう近い味になってるはずなんダナ。さ、食べてみてよ。早く食べないと全部溶けちゃうんダナ」
(食べ切れるのか?)
 一瞬だけ、ダイノボットは逡巡した。いつもなら見るだけで胸焼けしそうなシロモノだ。ちらりと視線を移すと、ライノックスの皿には同じ内容のものが倍のボリュームで乗っており、これでも気遣われているのだと分かる。ダイノボットはトーストの端を持って持ち上げると、何故か敵陣に切り込む時のような覚悟を決めて、かぶりついた。
「……」
 とりあえず無言で咀嚼する。続けて、もう一口。声には出さないものの、腹の底から妙な笑いがこみ上げてきた。
(なァるほどなァ)
 全く違うシロモノなのに、確かに、昨日一片だけ食べた菓子と似た感じがした。満月の下で思い出した香料の匂いが、鼻の奥をくすぐる。熱く、冷たく、品のいい甘さが、喉を滑り落ちては体に染みていく。(変なモンだな……甘さが心地いいなんてよ)
 半分ほど食べたところで顔を上げると、自分の分をやっつけにかかっているライノックスと目が合った。ライノックスはトーストから口を離すと、貴族階級のチェシャ・キャットみたいな笑顔を作った。
「思いつきで作った割にはけっこうイケるね。でも……」
 トーストの端から、溶けたアイスの雫と一緒に、煮リンゴの一片が皿に落ちた。
「食べづらいのが欠点ダナ」
 ライノックスは席を立つと、濡らしたタオルを持って戻って来た。一枚をダイノボットに差し出す。
「おう……テメエも御苦労なこったな、コマゴマとよ」
 トーストを一担置いてタオルを受け取ると、クリームの垂れた手を拭いて、今度はマグカップを取り上げた。コーヒーを一口啜る。
「……そういや、ココの備品も、ほとんど自前ってハナシじゃねーか」
「なんだい、いきなり」
「聞いたんだよ」
 雑談の一端だが、簡易な給湯室を本格的な調理設備の整った食堂に改造する旨……つまりこの部屋が、ライノックスの、ミッション参加の際に提示した唯一にして最大の条件だったらしいのだ。望みを叶えた彼は現在、基地に常駐して、システム全体の管理やオペレーションのサポートのみならず、メンバー全員の腹具合をも精力的にバックアップしている。
「解せねえな。食事はボランティアだろ? なぜここまでする必要がある?」
 日頃からライノックスに抱いている、根本的な疑問だった。
「理由がいるかな?」
「料理が好きなら、こんなところで燻ってないで、どこかに店でも持てばいいじゃねえか。テメエくらい腕があるなら、きっと繁盛するだろうよ」
「燻ってる、だって?」
 ライノックスの声が半音上がった。驚いた顔。それから大きく笑みが広がる。
「……いやはや、キミがそんな風に考えていたなんてね」
 ダイノボットは予想外の反応に憮然とした。
「何がおかしい」
「おかしくは無いよ、むしろ真っ当だ。つまり……」
 ライノックスは綻ぶ口元をマグカップをで隠した。
「こういうことがあるから、やめられないんダナ」
 ダイノボットは舌打ちする。
「わかんねえぞ」
「美味しいものを囲むと、誰でもリラックスするでしょ? すると、普段からは思いもかけない姿が見られるんダナ。仲間をよく知ることは、ミッションを成功させる為にも大事だし……とにかく興味は尽きないよ」
「……ははァ」
 ダイノボットは、相槌を打ちながら、頭の中でライノックスの評価を書き換え始めた。発明の才を買われた呑気なメカニックだと思っていたが、どうやらそれだけでは無さそうだ。そういえば、前に出る事なくサポートに徹しながら、実際にミッションをコントロールしているのはこの男じゃないか? 俺達は全員、コイツに胃袋ごと掌握されてはいないか?
「……食えねえな」
 ダイノボットは小さく呟いた。
「量が多かったかな?」
「いや、こっちのハナシだ」
 首を傾げるライノックスに答えて、残りのトーストに取りかかる。実際、敵であればやっかいかもしれないが、味方であれば何の問題も無い。むしろ面白くなってきたくらいだ。ダイノボットは、食べながら、口の端に肉食獣の笑いを浮かべた。
「なるほど、こういう夜も場合によっちゃ役に立つってことだな……」
 言葉の意図に気付いているのかいないのか、ライノックスは穏やかな表情を変えぬまま、返事を返した。
「そうだね。食べたくなったらいつでも言ってよ。今度は、みんなとでも」
 ダイノボットは首を振った。
「よせよ。そうそうあることじゃねえ」
 これを境に甘党に鞍替えするということでもないだろう。今夜が特異なのだ。ダイノボットは最後の一片を口に押し込んだ。
「そうだな、月が……」
「月?」
「満月じゃなかったら、食いてえなんて思わなかったかもな」
 あの、菓子みたいな月が輝いていなければ。
 ライノックスが可笑しそうに笑った。
「すると、キミはさしずめ、満月の夜に甘味を求めてさすらう人狼(ワーウルフ)ってとこかな?」
「ワーウルフ、だと?」
 ダイノボットはコーヒーを飲みながら、ライノックスにニヤリと笑い返した。
「バカ言っちゃいけねえ、俺は……恐竜機械(ダイノボット)だぜ」

作品名:満月の夜の恐竜機械 作家名:スガ