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拉麺王☆元就

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「――その拉麺とやら、食べさせてみよ」
 卓に両肘をつき組んだ手の上には顎を乗せるという、尊大な態度で元就は言う。目前の元親は、あーあやっちまった、と言わんばかりに、豚の背油の如く濃厚な後悔を顔一面に塗りたくった様な表情を作っていた。



 事の発端は三日前。
 空腹の男がとあるアパートの一室の前にうずくまっていた。とあるアパートの一室に住まう男が居室前にうずくまる男に気付いてしまった。うずくまっていた男の名は毛利元就といって、彼に気付いてしまった男の名は長曾我部元親といった。たったそれだけのこと。たったそれだけのことが、全ての始まりだった。
 元親はありていに言うと貧乏な男であった。だから彼の住まうアパートの一室は文字通りの一室だけ、つまりはワンルームでキッチンらしいキッチンも無く有るのは小鍋が一つ置ける電磁調理器と蛇口が一口に錆ついた洗面器、トイレはアパートの住民で共用、屋外に設置、風呂は無し、徒歩2分程度の位置に銭湯、入場料大人百円小人六十円。以上。それしか無かった。
 そこへ転がりこんできた元就はというと、なんというか、とにかく、ただひたすらに、大食らいな男であった。一に食二に食三に食、兎にも角にも食、食、食。うずくまっていた理由はもちろん、空腹だったから。細身な癖をして食う、食う、食う。足りぬ、と時代がかった口調で話しては元親の分まで飯を食らいにかかる。元親が稼いだ雀の涙に等しい給料で買ってきたスーパーのおつとめ品半額弁当を、塩気がどうだ、火の通し方がなんだ、風味が、歯触りが、などと逐一長々口出ししつつも米粒一つ残さず食った。
「……こら、たまげた」
 身を食われてすっからかんになった薄いプラスティックの弁当入れが四枚ぴったり重ねられたのを見て一声、元親はそう放った。俺弁当六口しか食ってねェよ、とも、これ二食分、今晩飯と、明日の朝の分も入ってんだけど、とも言えなかった。驚異的なスピードで食ったのにも関わらず食い散らかしはしていないし、どう見積っても痩せ細った元就が持つ胃袋の中に弁当入れの中身が全て入るとは信じきれない元親は驚いた。否、たまげた。
 後に、弁当にあれこれ難癖付けながら食ってたよなァあいつ、と元親は思い出して元就にあの晩の弁当の味はどうだったかと聞けば、塩気がどうだ、火の通し方がなんだ、風味が、歯触りが、などとあの晩一口食う度逐一長々口出ししていたのをそのまま喋り出した。弁当を食いながらの小言のような念仏のような彼の呟きを元親は忘れもしなかった。そして元親は思い知った。元就は大食らいであると同時に”食”に並々ならぬ執念を燃やす『食通』でもあるのだと。
 そして今日。和やかな休日の昼下がり。
 元親は、友人である徳川家康から届いた携帯メールをうっかり、なんともうっかり読み上げてしまったのである。
「三丁目の電器屋の向かいのラーメン屋が美味い……へー。今度行ってみっ」
「らあめんとは何だ、美味いのか、元親」



 あれから、ラーメンを食ったことが無いと言う元就にラーメンとは何であるかを懇切丁寧、事細かに説明し、そうして冒頭、さらには今に至る。
「仕事中昼飯に来ようと思ってたのに、どーしてこうなるんだかなァ」
 そう溜め息を吐く元親は今、元就と二人、話題のラーメン屋の店先まで来ていた。美味い、という言葉に物凄い反応を示してきた元就に凄まれて仕方なく連れて来たのだ。
「拉麺を食べるぞ、元親」
 後悔の最中にある元親とは反対に、元就は心なし楽しそうである。
「あんたな……サラッと言うが、金払って食わせてやるのは俺なんだってことわかってんだろな? つーか昼飯にラーメン一杯ってそれおつとめ品の弁当何食買えんだよ贅沢過ぎんだろ金なくなるやめてホント」
「だが我は金銭をビタ一文と持っておらぬぞ。そして食い逃げは我の流儀に反する」
 頭を抱える元親を全く気にせず、元就はラーメン屋の暖簾をくぐった。
「頼もう!」
 勢いよく木製の引き戸を開き、通りのよい声で言ったと同時に、元就の表情が険しくなる。
「これは……!?」
 元就の身体中の感覚器官がフルパワーで働き出したのだ。研ぎ澄まされた感覚器官各所が店内から発せられているありとあらゆる情報を取り込み、それを脳へと送る。さらに送られた情報を脳が的確に分類し、インプット。そして元就の舌に乗せられ、アウトプット。
「この香り、濃い……動物の脂か? いや、脂ばかりでない、他の香りも混じって……さらに麦の茹だる香りも有り……。音は? 水の切れる、鍋肌で焼かれる音……。厨房、厨房はどうなっておる!?」
「どーもなってねェよ座れ」
 暖簾をくぐってきた元親が元就を追い越し、疲れ切った表情でカウンター席に着く。元就のインプットからアウトプットまで、その間驚きの零コンマ八秒であった。
「座れとは何だ貴様、我の食への拘りを否定す」
「知らねェよったく。あー、豚骨ラーメン二つ」
 隣席へ着きながら発せられる元就の発言をさらりとかわし、右手の指をジャンケンのチョキの形にして元親が注文する。すると二十代かそこらと思しき男が、ラーメン二丁、と元親の注文を叫べば、店内の従業員も皆後に続いて、同様に復唱した。
 間もなく、氷水の注がれた小さなコップが二つに、二杯のラーメンがカウンターに運ばれる。
「随分と提供が早いな」
「メニューがこれしかねェからだろ。豚骨ラーメン一杯。この店はこれで商売してんだと。――さて、頂くぜ」
 湯気立つラーメンの入った丼を自分の目前に据えて、割り箸をぱき、と割る元親。
 一方の元就は、丼を取り、目前に据えるところまでは順調であったが、すぐにぴったり、動作を止めてしまった。
「これは……」
「またかよ」
「これは……これが……拉麺、か」
「そーだよ」
 麺を啜り、咀嚼し、横目で迷惑さをめいいっぱい主張しながら元親が答える。がしかしその回答は元就の耳には全く届いていないようで、というかそもそも元就は元親に問うていたのかどうかさえ不明である。
「……立ち上る湯気、その向こうに広がるつゆ、沈む麺、浮かぶ数多の具材。これが――」
「早く食わねーと麺伸びちまうぞ。あとつゆじゃなくてスープって言えよ古臭ェ」
「貴様の喋りも相当爺臭いぞ」
「はァ!? んなこたねーだろ」
 今度は批評を中断させられた元就が元親の言葉をかわし、漸く割り箸を割る。
「では頂こう」
 割った所で、箸は邪魔にならないようにか丼の端に渡して置き、レンゲでスープを一掬い。色を見る。次いで口元へ近付け、香りを嗅ぐ。それから、味わう。――元就の表情が引き締まった。
「豚骨……。先刻貴様は濃厚な動物性の出汁から成るスープであると申しておったが、これはえらくその逆を行っているな? 店に入った瞬間感じたあの匂いか?」
 今度こそ問われた元親は箸を置き、水を一口飲む。元親の丼の中はもうほとんど空に近かった。
「ああ。多分、あんたが感じたっていうそれで間違いねェ。恐らく鰹節だろうな。ベースとなる濃い豚骨スープに鰹出汁の醤油スープを加えて割ってんだ。豚骨醤油ラーメン。豚骨を食い慣れねェやつでも、これならあっさりしてて抵抗なく食える」
作品名:拉麺王☆元就 作家名:みしま