拉麺王☆元就
「そしてこの店は、割り材である醤油スープの比率が高い為に濃厚とは言い難い豚骨拉麺である。……そういうことなのだな?」
「ま、そういうこった」
満足気に答え終えた元親は、再び箸を手に取り、残り少ない豚骨醤油スープの中に潜んでいるであろう細かな具材と麺を探しにかかる。
「貴様そういうことは――まあ、よい」
それより目の前のラーメンが大事とばかりに出かけた言葉を仕舞い込んで、元就も箸を持つ。無駄のない所作で麺を掬い、一思いに啜る。咀嚼。嚥下。
「蕎麦のように細い、これも中華蕎麦と呼ばれる所以か。しかし芳香がある訳ではない。黄色は卵のものであろう。堅過ぎず、柔らか過ぎず、丁度良い茹で加減よ」
そして批評。さらに、元親の突っ込み。
「全部が全部細麺じゃあなくてだな。スープとの兼ね合いによって決まるんだよ、麺ってのは。濃いィスープならよーく絡むように気持ち太め、そんでもって波打った縮れ麺。これみてェにあっさりめのスープなら、あっさりさっぱり食えるように細い麺。まっすぐのな」
「やはり貴様――うむ。まあ、よいであろう」
「なんだよ、さっきから」
「何も。……具材はもずくか。麺と共に啜れるが故に口当たりが良いな。葱、海苔は定番、紅生姜は豚骨拉麺特有のもの、であったな」
「ああ」
それきり元就は一言も喋らずにラーメンを食い、元親と揃って店を出た。
ふと三日前の衝撃を思い出して、もう一杯食う、などと言わない元就を元親は不思議に感じたが、三日前は飢えにも似た空腹であったため無理もなかった、あのときだけだ、と考えると、今のラーメン一杯が普通なんだ、財布が、俺が救われた、なんてポジティブな結論に至った。これは不思議なことでもなんでもないのだと、元親には思えた。
しかしそれはあくまで『元親には』というだけで、当の元就がそうであったかというと、全然、まったく、そんなことはなかったのである。
店を出るなり元就は元親の首根っこを引っ掴み路地の袋小路へ連れ、無表情で静かに、静かに言った。
「貴様何故そういうことは事前に我に伝えぬのだこの役立たず」
「……そ、そういうことって、なん、なに……なんだ、ぜ?」
言葉遣いが奇っ怪になっているのにも構わず、ただとにかく、何故か迫っている己の生命の危険を感じつつ、元親は元就へ問う。だが問いは問いで返されることとなった。
「気付かぬ愚かな貴様に教えてやろうまず一つ。豚骨醤油拉麺の存在を我に明かさなかったであろう?」
「おう」
「そして二つ。替え玉、というものについても我に何一つとして伝えなかったであろう?」
「おう」
「何故それを早々に申さぬのだ、愚図」
やはり静かに、静かに元就は言う。
元親は訳がわからないなりに危機を感じつつも、グズって言い方今時どうなんだ、やら、ラーメン知らねェしやっぱりこいつ江戸時代からタイムスリップでもしてきたんじゃ、やらと考える。しかしそんな想像も元就にとっては些細な事柄。元親の胸倉を掴む手に一層力を込め、ついには声を震わせて言った。
「替え玉をすればもう一杯拉麺が食えたではないか……!」
「…………えっ、それだけ?」
「それだけとは何だそれだけとは! 貴様豚骨醤油拉麺の存在を我に明かさず堂々長々鼻高々に説明を垂れておったではないか! 食を何よりも重んずる我にその知識を寄越さぬとは何様の心算か貴様そうか死にたいかそうかそうかよい、ならば戦の幕開けよ」
捲し立てられ理解が追い着かない元親は、口をぽかんと開くことしかできない。
ただ、掴まれていた襟首を放した元就が口元だけで笑うのを視認してからは、ああ、財布がますます薄くなるな、なんて己の未来を憂いた。
「我は今腹が減っておる。手始めにカップ拉麺とやらを現在店にある種類全て買って来い。どの店でも構わぬ。そして食わせろ。それも済ませたならばこの付近の拉麺屋をリストアップしろ。取り溢すでないぞ」
「え、ちょ、あんた、そんなこと言ったってよ……」
「貴様が食を語るなど千年早いということを教えてやろう。――拉麺を、極める」
こうして毛利元就と長曾我部元親は、果てなき拉麺道の果てを目指し、歩み始めた――。
〆