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殺生丸さまの嫁とり物語 その1

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「絶対に、だぞ?」
「もちろん、しません」
「他の者にもさせるな」
「そっ、そんなこと、させませんっ!」
「私だけだな?」
「あ、当たり前です!」
「ならばよい」
殺生丸は急に身の内が暖かくなったような気がした。

「りん」
「はい?」
「もう一度するぞ」
「あ・・・はい・・・」

今度は殺生丸から唇を合わせた。
合わせた唇から、りんの甘い匂いが殺生丸の体中に流れ込んでくるようだ。

(りん!)

殺生丸は唇を通してりんと体が一つに繋がった気がした。口づけとはこれほど甘美なものだったのか。殺生丸は他者と唇を合わせたことなぞなかった。そうしたいと思ったこともなかった。かって女妖怪と体を合わせたことはあったが、何の感慨も沸かなかった。ただ、欲望を消化させただけで、口づけしたいなど思いもしなかった。

唇と唇を合わせる行為は、これほど身を震わせるほどの喜びをわかせるものだったのか。しかも、りんの方から、口づけしてきたことが、殺生丸に全身をしびれさせるほどの喜びを与えた。

(りん・・・お前も私を欲しているのか?私を選ぶか?お前は・・・私のもとへ来ることを選ぶか?)

殺生丸はりんにそう心の中で問いかけていた。


しばらくして、殺生丸は名残おしげに唇を離した。
「・・・りん」
「あ・・・はい・・・・」
長く続いたくちづけの後で、りんは意識がぼうっとしていた。
「これを渡しておく」
殺生丸は白毛皮の中から、白繻子の反物を取り出して、りんに渡した。
「これ・・・」
「人が嫁ぐときには、白い着物を身につけると聞いた。りんに、これを渡しておく。私のもとへ来ることを選ぶならば、この布で着物を仕上げるといい。お前の嫁入りの衣装だ」
「殺生丸さま!・・・・」
「りん?なぜ、泣く?無理強いしているのではない。お前が嫌なら、里に残ればいい。」
「殺生丸さま・・・りん、殺生丸さまのところへ行っていいの?もう、ここで待っていなくてもいいの?ずっと・・・殺生丸さまのそばにいていいの?」
「りん・・・お前は私を選ぶか?」
「殺生丸さまっ!りんはずっと前から・・・もうずっと前から、殺生丸さまを、殺生丸さまと一緒にいることを選んでいます!もうずっと前から・・・殺生丸さまと会ったときから、りんは・・・殺生丸さまとずっと一緒にいることだけが望みでした・・・」
「そうか・・・」
りんの瞳から大きな涙がこぼれ落ちた。殺生丸は指でりんの涙をぬぐう。
「りん。では、ずっと私のそばにいろ。お前を私の妻とする」
「はい!殺生丸さま・・・」
「なぜ、泣く。泣くな、りん」
「はい・・・ごめんなさい。人はあまりにも嬉しいと泣いてしまうのです」
「嬉しいのか?」
「はい、殺生丸さま。りんは嬉しいです、とっても。殺生丸さまのお嫁さんになれるんだもの。ずっと一緒だもの」
「そうか、嬉しいか」
「はい」
殺生丸はりんをやさしく抱きしめた。
「私もだ」
「殺生丸さま・・・」

りんの体は小さく、そして、あたたかかった。りんのあたたかさが、この身を満たしていく。りんで自分の内側がすべて満たされていく気がする。りんの匂い、りんの声。りんの瞳。りんの・・・・唇。りんのすべてを自分がどれほど欲していることか。他者を「愛する」とは、こういうことなのか。

「りん・・・。次の満月の夜、お前を迎えにくる。嫁入りの仕度をして待っておれ」
「はい、殺生丸さま」

出会ってからの幾とせ。短く、長い、年月。人間と妖怪の二人の間に、隔てるものは何もない。何ひとつ、ない。

人と妖怪が寄り添う姿を、星明りがやさしく照らしていた。



二.祝言

「ええっ~!?嫁入り~!?」
りんから殺生丸のもとへ嫁ぐと聞いたかごめは思わず声をあげてしまった。
「はい。今度の満月の夜。迎えにきてくれるそうです。婚礼の衣装を用意するようにって、これをもらいました」
そう言ってりんは殺生丸から受け取った白繻子の反物を見せた。
「満月って、満月って、いつ?」
「7日後じゃ」楓は答える。
「7日後!?すぐじゃない!!」
あわてるかごめを尻目に、楓はりんにやさしく微笑んだ。
「りんにとっては、すぐではないじゃろう。殺生丸にとってもな。もう何年も待っていたのだろうから。どれ、急いで、花嫁衣裳をしあげような。すばらしい布地じゃ。りん、きっとよく似合うぞ」
「楓おばあちゃん・・・ありがとう」
楓の言葉にりんは嬉しそうに答える。その様子を見て、かごめも、りんの両手を取った。
「そうだね・・・りんちゃん、おめでとう」と告げる。
(そうだ、闘いの中、殺生丸とりんはいつも一緒だった。あの頃から、きっと二人は・・・)

あれだけ半妖だと犬夜叉を蔑んでいた頃でさえ、人間の子供である小さなりんを、殺生丸はいつも一緒に連れて、守っていた。りんが危機に陥るとすべてを投げ打っても駆けつけていた。りんも、どんな時でも殺生丸をひたすら信頼していた。人と共に住み、生活していく上で必要なことを学び、その上で、りんにこれからの生き方を選んでほしいと、殺生丸はりんをこの里に置いていったが。しょっちゅうりんに会いに来ていたし、最近では毎晩のようにりんのもとを訪れていることをかごめも知っていた。

(二人はもうお互いを選んでいたんだ、きっと、もうとっくの昔から・・・)

自分も半妖とか人間とか、時代が違うとか、いろいろなことを乗り越えて犬夜叉と夫婦(めおと)になった。一緒にいたかったから。

(りんちゃんも、同じなんだね。りんちゃんには殺生丸と一緒にいることが幸せなんだ・・・そして、それは、きっと殺生丸も同じ・・・)

かごめは、幸せそうに微笑んでいるりんを見て、心から祝福する気持ちになった。

(犬夜叉はどう思うかな。りんちゃんが、義理のお姉さんってことになるのよね。私にとっても。犬夜叉はきっとひっくりかえるのじゃないかな。あいつ、こういうこと、ウトイから)

かごめは、犬夜叉の驚く様子を想像してくすくす笑った。



一方、殺生丸の母の館では・・・
「りんが嫁にくる」殺生丸が母に告げた。
「誰の?」
「決っているだろう。私の、だ」
「お前の?お前、人間が嫌いではなかったのか?」
「嫌いだ。でも、りんは好きだ」
「ほう。ずいぶん正直になったものだな、殺生丸」
「人間であろうとなかろうと、りんはりんだ」
「ほうほう、悟ったようなことをいうのう、殺生丸」
「・・・くだらん」
「それで、嫁入りはいつ?」
「次の満月の夜だ」
「ほう。そうかえ。それでは、わたしは、りんの義母ということか」
「・・・」
「楽しそうじゃのう。ほほほ・・・」
殺生丸は母の顔をじっと見た。
「母上、りんは人だ。我々よりもはるかにもろく、弱い」
「それで?」
「気遣ってやってくれ」
「!」

母は驚きで黙ってしまった。この殺生丸がこれまで母に何かを頼んだことなどあったろうか。幼き頃から誇り高く、自立心が強かった。その殺生丸が、母に頼みごとをするなど。

「殺生丸・・・お前、わかっているのかい?」
「何を?」