生まれ変わってもきっと・・・(前編)
都合良く相手から絶好の話題を振ってくれたものだ。気を取り直すと、アリスは写真集を閉じ表紙を指差してブラッドを見上げた。
「あの、これは何処に行けば見られるの?」
と尋ねる。彼は腕を伸ばし写真集をアリスの手から抜き取ると、そのまま一番上の棚の隙間に無造作に突っ込む。今は無いと呟きのように短く答えながら。それはアリスに答えたと言うよりも、寧ろ独り言のような感じだった。ブラッドは、本を取り上げられ呆気に取られるアリスの腕を掴むと引き上げた。そのまま書斎の方へ引っ張り出される細く華奢な身体。
「痛ったぁ・・・・ 」
掴まれていた腕を摩りながら、こんな酷い扱いを受けてまでご機嫌を取りたく無いとブラッドを睨んだ。男の手にはいつの間にか杖が握られている事に気付く。確か、本棚のところでは何も持っていなかったはずだ。これは何かされるのではないかと考えて咄嗟に身構える。
(あれで叩くつもりなのかしら? )
杖が僅かに動くのを見た瞬間、アリスは杖の振り下ろされそうな場所を避けながら腕を掴みに行った。もう必死だ。
昼の時間帯ではエリオットが双子に殺されかけ、エリオットはディーに銃を突きつけた。夕食後には自分がディーとダムにナイフを向けられた。此処では殺しも遊びならば、目の前の男が例外な筈が無い。自分のことは自分で守らなければいけない場所なのだ。この状況で助けが来るなんてあり得ない。見るからに武器を見せられれば怯むが、杖ならばそこまで怖くない。ラッキーだったと思う。それでも、先端にあんな飾りの付いた物で叩かれたら怪我をするのは必至だ。一撃でどの位のダメージがあるかも分からない。顔に傷でも残ったらと思うと無我夢中で腕に縋り付く。意外にも、抵抗されることなど想定外だったのか、アリスは容易にブラッドの腕を掴み、自分の脇腹に抱え込んで力を込め、両手で肘の関節辺りまでを拘束することが出来た。
いったい何だってこんな目に遭わなければいけないのかと腹が立って仕方が無い。先刻から何度もこの男に対して感じていた怒りが遂に噴き出した。
男を睨み返しながら大声で怒鳴る。
「いい大人が苛々して八つ当たりするんじゃないわよ。周りは迷惑なのよっ!!」
「何っ!」
ブラッドは驚いた表情でアリスを見る。こんな小娘に怒鳴られるとは思ってもいなかったようだ。今、正直とんでもなく怖い。この男の発する気がアリスの身体を小刻みに震わせている。それはこの腕から伝わっている筈だ。だからこそ口が止まらない。沈黙してしまったらこの気に呑まれてしまうと思った。そうなれば結果は見えている。
「だいたい、さっきから何よ。エスコートする気なら歩幅を考えなさいよ。何なの、あの嫌味ったらしい言い方。それに客を部屋へ招いておいて勝手に仕事始めたくせに、私がどんな格好で何の本読んでたって関係ないでしょう?あー、本っ当むかつく。さいってー」
一気に捲くし立てた。こんなに怒らせて、どう収拾するのかと一瞬過ぎったが黙ってしまうのが怖い。
「この女・・・・黙れ。そこへ直れ。撃ち殺してやる。」
押し殺した声。十分過ぎるほどの殺気が籠められている。アリスの身体がビクッと反応する。
「はあ? 馬鹿じゃないの。はいそうですかって座るわけ無いでしょう?」
「この私に楯突くのか!」
ブラッドの声が先程より怒りを露わにしてきている。負けられない。気圧されたら死が待っているのだから。涙が出そうなほどの恐怖を押し殺し、相手の瞳を睨み続ける。濃い緑色の中に僅かに青が混じったような不思議な色をしている。頭のどこかで綺麗な色だと思った。だが口は別の言葉を投げつける。
「誰も彼もが貴方に従順だとでも思ってるわけ!?」
「このっ・・今直ぐ出て行け! もう二度と来るな!」
「そんな事言って、後ろから、その杖で叩くつもりじゃないでしょうね?」
「・・っ」
最後は怒鳴られ、痛いくらいの力で腕を掴まれて室外に放り出された。アリスは床に座り込みながら閉じられた扉に向って叫ぶ。
「あんたなんかサイテー!!」
その身体は後ろから抱かえ上げられると、口を大きな手で塞がれた。見開かれた瞳の中に屋敷内の景色が流れていく。何事!と思いながらも抵抗できる状態ではなかった。もう終わりかもと家族の顔を思い浮かべる。
(ごめんね、姉さん。私、戻れないみたい。)
口を押さえていた手が離れた。大人しくしててくれよと傍で声が聞こえ、自分を抱えているのがエリオットらしいと気付く。暫くすると外に出て、茶会をしていた場所に戻って来た。ゆっくりと下ろされる。紫の瞳が此方を見る。大丈夫か?と聞かれた。アリスが頷くと、彼はその場に座り込み片手で頭を掻きながら、困惑したように尋ねてくる。
「ブラッドがあんな怒るなんて、あんた何したんだよ。」
「知らないわよ! 私は普通に本を読んでただけよ。こっちが聞きたいくらいよ。」
「よく生きてたな・・・ 俺は、あんたが死体で出てくると思ってたよ。」
「はあ? ちょっと、自分で頼んでおいてそれは酷いんじゃない?」
ブラッドの部屋が正面に見える壁にもたれて様子を窺っていたエリオットは、アリスの抗議の声の他にブラッドの怒声が漏れ響いてきた時に終わったと確信した。あの男が大きな声を出すことなど考えられないことだ。自分の内面的なものを表面に出すことを極端に嫌うブラッドが声を荒げるなど、余程の事があったに違いない。
(何をやったんだ、あんた・・・)
それにしても面識があるという程度で、我が上司をあそこまで怒らせるとは流石余所者だと感心する。顔無し共なら、どんなに長期間仕えていようとも気に障った時点で瞬殺だ。声を聞く暇どころか、死んだと自覚する間も無いかも知れない。自分達役持ちだって然程変わらないのではないかと思っている。それを怒鳴り合いまで持っていくとは信じられない。
自分が怒鳴られている気がして、寿命が縮まる思いで廊下で聞いていた。扉が開いて、無傷で出てきたアリスを見た時は奇跡だと思った。
しかし、何があったのかと話を聞けば聞くほど、自分の人選とはいえこの女、ブラッドの地雷を踏み捲くりだ。よく生きて、否、彼がよく生かして放り出したものだ。
余所者の力のせいなのか?
余所者ってのは、そんなに凄い力を持ってるのか?
後編に続きます。
作品名:生まれ変わってもきっと・・・(前編) 作家名:沙羅紅月