あなたの知らない世界
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あなたの知らない世界
昼間の激務は、夜の安眠を連れて来てくれる。
土方は日ごろ、そう思っていた。
事実彼は、布団に入ったら三秒で眠りに落ちる。
夜中に目を覚ますことも無い。
だから、自分の部屋といえど、じっくりと天井を見上げたことなど無かったし、 そこにあるシミが案外怖い形をしているなどということには、全く気づいていなかった。
(目、だよな…)
一度そうかもしれないと思うと、もうそれ以外に見えなくなってしまう。
じっと見つめていると怖くなってさらに眠れなくなりそうだ。
土方は冴え切った目を閉じた。
(何で眠れねェんだ…)
今日が暇で体力を持て余しているというわけでもない。
今日も一日忙しかった。
なのに、
(何で眠れねェんだ…)
一向に訪れる気配の無い眠気にため息をつき、ふ、と目を開けた。
枕元に、白無垢を着た人が立っていた。
(誰だ…?)
無表情な顔でじっと土方を見下ろしている。
その白い顔に、見覚えがあった。
土方の全身に、ぞっと悪寒が走る。
(ミツ――!?)
次の瞬間、土方は白目をむいて気絶した。
「命を狙われている」
と土方が言うと、銀時は「へぇ」と言った。
「――」
「――」
「――他に何か言うことは無いのか、おい」
「他に何か言えってのか、おい」
「色々あるだろうが!大丈夫ですか、とか犯人は誰ですか、とか!」
「生きてんのは見ればわかるし、犯人はてめーの部下だ。はい、終わり。 新八ィー、おマヨ様のお帰りだ」
よっこいしょ、と銀時はジャンプを持って立ち上がった。
「お帰りじゃねぇよ!こっから話があるんだよ!」
「…もう俺、漏れそうなんだけど」
手短にな、とジャンプをテーブルに放り出し、銀時は再びソファに腰掛けた。
よくよく見ると、土方の顔色はすこぶる悪かった。
目は血走り、その下に隈が出来ている。
頬はげっそりとこけていた。
タバコを持つ手は小刻みに震え、ライターの火も上手く点けられない。
「おい、お前――大丈夫か」
「聞くのが遅ェんだよ」
ち、と舌打ちしつつ、土方はようやくライターに火を点けた。
「犯人を捕まえてぇんだ」
深く煙を吸い込み、ふぅー、と天井に向かって吐き出した。
――という経緯を経て、銀時は今ここにいる。
深夜二時、土方の部屋の土方の布団の中。
曲者は真夜中にこの部屋にやってくるらしい。
残りは隣の部屋で待機している。
いつでも飛び出せるように備えているはずなので、 さっきから聞こえている寝息は、おそらく空耳だろう。
銀時はごろり、と寝返りを打った。
土方の話。
銀時はそれを丸っと信じたわけではない。
深夜、真選組屯所内の奥深く副長の私室に、不審者はどうやって侵入してくるというのだ。
犯人がいるとしたら内部の人間に違いなく、そうだとしたら沖田の仕業に決まっていて、 もしそうでなかったとしたら――土方を病院に叩き込むだけだ。
昼間の土方の様子は、普通ではなかった。
土方という男を知らなければ、薬物系の疑いを持ったことだろう。
あの男をあそこまで追い込んだものは何なのか。
(わっかんねぇな…)
(――)
(――)
(――)
(――…は!危ねぇ危ねぇ!)
うっかり眠り込むところだった。
銀時は、うーん、と呻きながら、再び寝返りを打った。
このままでは眠ってしまう、さてどうしよう、と考えていると、す、と衣擦れの音がした。
みし、と畳を踏む音が続く。
銀時は息を潜め、背後の気配を探った。
(…何か、いる)
再び、みし、と畳が鳴った。
それは銀時の傍らに、寄り添うようにいた。
いつの間に部屋に入ってきたものか、全く気づかなかった。
眠りかけたあの一瞬、なのだろうか。
ざわ、と全身に悪寒が走る。
冷たい汗が噴出した。
姿を確認しなくては、と思うのだが、体が動かない。
(あ、あの野郎、何か色々歯切れが悪いと思ったら、そういうことかァ!)
そう、と認識した瞬間、震えが止まらなくなった。
抑えよう、静かにしよう、と思っても、歯の根が合わない。
気を抜いたら今にも意識が飛んで行きそうだ。
こんなにも傍に誰かいるのに、なぜ隣の部屋から誰も出て来ないのか。
土方は一体何をしているのか。
ぺた、と冷たい手が、銀時の頬に触れた。
「――ィ!!」
びく、と体を震わせ、銀時は声にならない悲鳴を上げた。
もうだめだ、と意識を手放しかけた瞬間、「あれ?」と上がった疑問の声に、 銀時も「ん?」と振り返った。
「旦那ァ、何してんですかぃ、土方さんの部屋で」
「やっぱりお前かーーーーーァ!!」
隣の部屋で、がたた、と音がした。
銀時の怒声に、新八と神楽が飛び起きたのだろう。
さも今までずっと起きていました、と言わんばかりの調子で、しかし涎を拭きながら、 神楽が襖を開けて言った。
「銀ちゃん、大丈夫アルか!?何かこのマヨ、偉そうに一人で寝てるアル! 口の周り泡だらけにして寝てるアルよ!」
「捨てちまえ、そんなマヨ!」
「いらねぇや、そんなマヨ。池にでも叩きこんじまいなァ」
「あ?え?――うん、わかったアル」
寝ぼけ眼を擦りながら、神楽は土方を放り投げた。
沖田は懐から位牌を取り出し、畳の上に置いた。
ずっしりと重量感のあるその位牌には、「沖田ミツバ」の名が刻まれている。
「盆、なんで」
「へぇ。――て、それだけ?理由は」
銀時の問いに、へぃ、と沖田は頷いた。
「ふざけんなァ!!」
横から土方の拳が飛んでくるが、沖田はそれをひょい、と避け、一緒に飛んできた水しぶきを払った。
「土方さん、池の水掛けねぇでくれませんかねぇ。鯉臭くていけねぇや」
「夏場だから水がちょっと濁ってんだよ、仕方ねぇだろ!って何で俺は池に投げ込まれてんだよ!」
「気付けでさァ。口から泡吹いて倒れてたんで」
「あ、ああ泡吹いてたんじゃねぇ!あれは、あれだ!ほら!歯ァ磨いてた途中で眠たくなって――」
「え、マジかよ。人に仕事させといて、自分は歯ァ磨きながら寝てたって、どうよ、それ」
銀時がふんぞり返って追い討ちを掛ける。
二人から繰り出される攻めに、土方は、ぐぅ、と言葉を詰まらせた。
「盆かァ。そういえばそんな時期だな。じゃあちょっくら挨拶でもするか。仏壇、お前の部屋か?」
「いえ、仏壇はありやせん。これだけです」
銀時は、あっそう、と言うと、位牌に向かって手を合わせ、ぺこり、と頭を下げた。
「立派な位牌だな。仏壇が無くても、これだけ立派なもん作って貰やぁねーちゃんも喜ぶだろ」
位牌をしげしげと眺めながら、銀時が言うと、「いや、これは――」と沖田は首を振った。
「俺はここまで立派なもんにするつもりはなかったんですがね」
「こいつが」
煙草に火を付けながら、土方が沖田の言葉を遮った。
「いつまで経っても何にも用意しようとしねぇから、俺と近藤さんで用意したんだよ」
「人聞き悪ィなァ。俺ァちゃんと自分なりに供養してたんですぜぃ」
「おりがみだったよな。お前、おりがみ折ってそこに『ミツバ』って書いて拝んでたよな」
「やり方は人それぞれですぜ」
「あんまりだろ、あれは!あれじゃ祟るぞ!?俺なら絶対祟る!」
「姉ちゃんなら、笑ってくれまさァ」
「本当に笑ってくれそうで、それも恐ぇよ!」
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昼間の激務は、夜の安眠を連れて来てくれる。
土方は日ごろ、そう思っていた。
事実彼は、布団に入ったら三秒で眠りに落ちる。
夜中に目を覚ますことも無い。
だから、自分の部屋といえど、じっくりと天井を見上げたことなど無かったし、 そこにあるシミが案外怖い形をしているなどということには、全く気づいていなかった。
(目、だよな…)
一度そうかもしれないと思うと、もうそれ以外に見えなくなってしまう。
じっと見つめていると怖くなってさらに眠れなくなりそうだ。
土方は冴え切った目を閉じた。
(何で眠れねェんだ…)
今日が暇で体力を持て余しているというわけでもない。
今日も一日忙しかった。
なのに、
(何で眠れねェんだ…)
一向に訪れる気配の無い眠気にため息をつき、ふ、と目を開けた。
枕元に、白無垢を着た人が立っていた。
(誰だ…?)
無表情な顔でじっと土方を見下ろしている。
その白い顔に、見覚えがあった。
土方の全身に、ぞっと悪寒が走る。
(ミツ――!?)
次の瞬間、土方は白目をむいて気絶した。
「命を狙われている」
と土方が言うと、銀時は「へぇ」と言った。
「――」
「――」
「――他に何か言うことは無いのか、おい」
「他に何か言えってのか、おい」
「色々あるだろうが!大丈夫ですか、とか犯人は誰ですか、とか!」
「生きてんのは見ればわかるし、犯人はてめーの部下だ。はい、終わり。 新八ィー、おマヨ様のお帰りだ」
よっこいしょ、と銀時はジャンプを持って立ち上がった。
「お帰りじゃねぇよ!こっから話があるんだよ!」
「…もう俺、漏れそうなんだけど」
手短にな、とジャンプをテーブルに放り出し、銀時は再びソファに腰掛けた。
よくよく見ると、土方の顔色はすこぶる悪かった。
目は血走り、その下に隈が出来ている。
頬はげっそりとこけていた。
タバコを持つ手は小刻みに震え、ライターの火も上手く点けられない。
「おい、お前――大丈夫か」
「聞くのが遅ェんだよ」
ち、と舌打ちしつつ、土方はようやくライターに火を点けた。
「犯人を捕まえてぇんだ」
深く煙を吸い込み、ふぅー、と天井に向かって吐き出した。
――という経緯を経て、銀時は今ここにいる。
深夜二時、土方の部屋の土方の布団の中。
曲者は真夜中にこの部屋にやってくるらしい。
残りは隣の部屋で待機している。
いつでも飛び出せるように備えているはずなので、 さっきから聞こえている寝息は、おそらく空耳だろう。
銀時はごろり、と寝返りを打った。
土方の話。
銀時はそれを丸っと信じたわけではない。
深夜、真選組屯所内の奥深く副長の私室に、不審者はどうやって侵入してくるというのだ。
犯人がいるとしたら内部の人間に違いなく、そうだとしたら沖田の仕業に決まっていて、 もしそうでなかったとしたら――土方を病院に叩き込むだけだ。
昼間の土方の様子は、普通ではなかった。
土方という男を知らなければ、薬物系の疑いを持ったことだろう。
あの男をあそこまで追い込んだものは何なのか。
(わっかんねぇな…)
(――)
(――)
(――)
(――…は!危ねぇ危ねぇ!)
うっかり眠り込むところだった。
銀時は、うーん、と呻きながら、再び寝返りを打った。
このままでは眠ってしまう、さてどうしよう、と考えていると、す、と衣擦れの音がした。
みし、と畳を踏む音が続く。
銀時は息を潜め、背後の気配を探った。
(…何か、いる)
再び、みし、と畳が鳴った。
それは銀時の傍らに、寄り添うようにいた。
いつの間に部屋に入ってきたものか、全く気づかなかった。
眠りかけたあの一瞬、なのだろうか。
ざわ、と全身に悪寒が走る。
冷たい汗が噴出した。
姿を確認しなくては、と思うのだが、体が動かない。
(あ、あの野郎、何か色々歯切れが悪いと思ったら、そういうことかァ!)
そう、と認識した瞬間、震えが止まらなくなった。
抑えよう、静かにしよう、と思っても、歯の根が合わない。
気を抜いたら今にも意識が飛んで行きそうだ。
こんなにも傍に誰かいるのに、なぜ隣の部屋から誰も出て来ないのか。
土方は一体何をしているのか。
ぺた、と冷たい手が、銀時の頬に触れた。
「――ィ!!」
びく、と体を震わせ、銀時は声にならない悲鳴を上げた。
もうだめだ、と意識を手放しかけた瞬間、「あれ?」と上がった疑問の声に、 銀時も「ん?」と振り返った。
「旦那ァ、何してんですかぃ、土方さんの部屋で」
「やっぱりお前かーーーーーァ!!」
隣の部屋で、がたた、と音がした。
銀時の怒声に、新八と神楽が飛び起きたのだろう。
さも今までずっと起きていました、と言わんばかりの調子で、しかし涎を拭きながら、 神楽が襖を開けて言った。
「銀ちゃん、大丈夫アルか!?何かこのマヨ、偉そうに一人で寝てるアル! 口の周り泡だらけにして寝てるアルよ!」
「捨てちまえ、そんなマヨ!」
「いらねぇや、そんなマヨ。池にでも叩きこんじまいなァ」
「あ?え?――うん、わかったアル」
寝ぼけ眼を擦りながら、神楽は土方を放り投げた。
沖田は懐から位牌を取り出し、畳の上に置いた。
ずっしりと重量感のあるその位牌には、「沖田ミツバ」の名が刻まれている。
「盆、なんで」
「へぇ。――て、それだけ?理由は」
銀時の問いに、へぃ、と沖田は頷いた。
「ふざけんなァ!!」
横から土方の拳が飛んでくるが、沖田はそれをひょい、と避け、一緒に飛んできた水しぶきを払った。
「土方さん、池の水掛けねぇでくれませんかねぇ。鯉臭くていけねぇや」
「夏場だから水がちょっと濁ってんだよ、仕方ねぇだろ!って何で俺は池に投げ込まれてんだよ!」
「気付けでさァ。口から泡吹いて倒れてたんで」
「あ、ああ泡吹いてたんじゃねぇ!あれは、あれだ!ほら!歯ァ磨いてた途中で眠たくなって――」
「え、マジかよ。人に仕事させといて、自分は歯ァ磨きながら寝てたって、どうよ、それ」
銀時がふんぞり返って追い討ちを掛ける。
二人から繰り出される攻めに、土方は、ぐぅ、と言葉を詰まらせた。
「盆かァ。そういえばそんな時期だな。じゃあちょっくら挨拶でもするか。仏壇、お前の部屋か?」
「いえ、仏壇はありやせん。これだけです」
銀時は、あっそう、と言うと、位牌に向かって手を合わせ、ぺこり、と頭を下げた。
「立派な位牌だな。仏壇が無くても、これだけ立派なもん作って貰やぁねーちゃんも喜ぶだろ」
位牌をしげしげと眺めながら、銀時が言うと、「いや、これは――」と沖田は首を振った。
「俺はここまで立派なもんにするつもりはなかったんですがね」
「こいつが」
煙草に火を付けながら、土方が沖田の言葉を遮った。
「いつまで経っても何にも用意しようとしねぇから、俺と近藤さんで用意したんだよ」
「人聞き悪ィなァ。俺ァちゃんと自分なりに供養してたんですぜぃ」
「おりがみだったよな。お前、おりがみ折ってそこに『ミツバ』って書いて拝んでたよな」
「やり方は人それぞれですぜ」
「あんまりだろ、あれは!あれじゃ祟るぞ!?俺なら絶対祟る!」
「姉ちゃんなら、笑ってくれまさァ」
「本当に笑ってくれそうで、それも恐ぇよ!」
作品名:あなたの知らない世界 作家名:Miro