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あなたの知らない世界

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「――で、こないだですね」
と、沖田はふぃ、と土方から目を逸らし、銀時を見た。
「位牌に向かって拝んでいたら、ふと思い出したんでさァ」
「何を?」
「土方さんに朝の献立伝えるのを」
「滅茶苦茶どうでも良い事だよな、それ」
「それを伝えに、夜中に土方さんの部屋に行ったんですよ。それで黙って枕元に立ったら」
土方は白目を剥いて気絶してしまった。
「面白いんで何回かそれを繰り返したら、みるみるやつれていきやしてね。 こりゃ我流の外法なんぞよりよほど効果があると思っていたら、 よりによって旦那に声掛けるなんてなァ、仏様でも思いも寄らないって奴ですさァ」
「お前、どれだけ上司を追い詰めてんだよ…」
そのときの土方の恐怖は、今日の比では無かっただろう。
銀時は容赦ない沖田の攻めに、少し土方に同情した。
「でもですね、旦那」
沖田は位牌を触りながら言った。
「これは何も土方さんへの嫌がらせとかじゃなく、ちゃんと姉上への供養なんですぜ」
「んな供養聞いたことねぇよ。供養ってんなら、黙って線香の一本でも上げてろ」
「線香一本より、怪談一本を好むってぇのが、沖田ミツバって人だったんで」
「有り得ねーーーーーェ!」
銀時は思わず絶叫してしまったが、土方は「あー…」と呟き、
「夏のお昼には、必ず『あなたの知らない世界』見てたな」
と、当時無理矢理付き合わされて、一緒に見た恐怖のひと時を思い出した。
「盆でこっちに帰って来てるのかと思うと、ちょっと楽しませてやりたくなりやしてね。 つい毎晩毎晩。土方さんの恐がりっぷりときたら、姉上のどストライクでさァ」
「てめぇ、何でもかんでもミツバを理由につけりゃ俺が許すとでも思ってんのか…。 明らかに後付けだろ、その理由!!」
「とんでもねぇや。こりゃ純粋に姉上への供養って奴ですぜ。 できれば俺だって姉上と直接話をして、どんな供養が良いか聞いてやりてぇが、 そりゃできねぇ事なんで、俺は俺が思いつく方法でやってんでさァ」
沖田は土方の眼前に位牌を突きつけた。
どうこう言ったところで、それだけで土方は振り上げた拳を下ろせなくなってしまう。
ぐぅ、と呻いている土方の横から、「じゃあ」と銀時が提案した。
「行ってみるか。姉ちゃんに会える、かもしれない所に」
「旦那、俺ァ恐山のイタコみたいなのはごめんですぜ。皺くちゃのばあさんから 『ミツバですぅー』とか聞きたかねぇんで」
「いやいや、ここは本物だから。本物のとこだから心配すんな。 まぁちょっと寂れた温泉宿だけどよ。お湯は良いしスタンド満載だし、きっとミツバにも会えるだろ」
「スタンド?」
半透明だけどな、と付け加える銀時に、沖田はもう一度「スタンド?」と尋ねた。


数日後、沖田が仙望郷まんじゅうを持って挨拶に来た。
「どうだった?」
と聞く銀時に、沖田は「うーん」と首を捻った。
「まぁ、普通の温泉宿って感じでしたかね。お湯も料理もなかなか良かったですぜ。 女将の顔は恐かったですけど」
「そうかぃ。じゃあお前には見えなかったのか」
「スタンドって奴ですかぃ?俺にはさっぱりでさァ」
そうか、と銀時が言うと、沖田は「俺にはわかんなかったんですがね」と続けた。
「土方さんが着いてすぐにガタガタ震え始めちまいやしてねェ。 真っ青な顔してずーっと俯いてて、部屋でも真ん中で膝抱えてじぃーとしてるんですよ。 邪魔なんで端に行ってくれって言ったら、壁から手が出て来るから嫌だ、 とか言い出して、三日間でほぼ廃人でさァ。担いでこっち帰ってきて、今リハビリ中ですぜ」
見舞いに行ってやってくだせぇという沖田に、銀時は「へぇ…」と曖昧な返事を返した。
銀時には土方の見てきた光景が、自分の目で見たかのように想像できる。
きっと久しぶりに見る若い男に、女性スタンドたちが盛り上がったのだろう。
ましてや土方はイケメンだ。
その興奮たるや、計り知れない。
「近藤さんはずっと楽しそうでしたね。――一人で」
「一人で?」
「一人でずっとしゃべってんですよ。誰かと会話してるみたいに。 ここの女中さん、良いよねーとか言われても、俺に見えるのはお岩な女将だけなんで、 なんとも返事のしようがなかったんですがね」
「へ、へぇ…」
普段女性に縁の無い近藤だ。
半透明だろうと何だろうと、女性に優しくしてもらえて嬉しかったのだろう。
「ま、まぁ良かったんじゃねぇの?楽しめたんなら。でもあれだな。 そうすると沖田だけ何も無かったのか。せっかくあんな遠くまで行って来たのに」
「ええ、まぁ。――でも、俺にも一つだけありましたぜ」
沖田は自分の持って来たまんじゅうをぱくり、と食べた。
「姉上に会えたら、と思って激辛せんべい持って行ってたんでさァ。 それを枕元に置いて寝てたんですが、朝起きたら全部食われてやした。 1ダース。一晩であれだけ食えるのは、姉上くらいしかいねぇでしょう」
「一袋も食えねぇよ…」
あの辛さを思い出して、銀時は、げぇ、と顔を顰めた。
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作品名:あなたの知らない世界 作家名:Miro