春よ、来い。
袖を掴まれ、上目遣いに黒い瞳で見つめられ、プロイセンは眉間に皺を寄せた。
「…あー、別にもういいだろ」
「良くありません」
自分は問い詰められれば、「善処します」とか曖昧な言葉で逃げるくせにと思いつつ、プロイセンは仕方なく口を開く。自分が口を割るまでこの押し問答は続くのだ。変なところで日本は粘る。
「…俺だって、お前に早く会いたかったんだよ。…んで、驚かせてやろうと思ったけど、お前の方が来るのが早かった。だから、もういいだろ」
会えたら、どうでもよくなってしまった。「よう。来てやったぜ」…さり気なく、驚かせて、驚いた顔が嬉しそうに笑むのを見たかったなんて、死んでも口に出来るものか。…ああ、何て照れくさい。視線のやり場に困って空を見上げていた視線を下ろせば、俯いた日本の赤く染まった耳が前に入る。臆面のない言葉には二人とも未だに慣れていない。自分の耳もやたら熱を持ってかっかしてるから、今回の他愛のない恥ずかしい押し問答は引き分けだ。
「わん!」
ぽちくんが待ちくたびれたように吠えて、日本とプロイセンは我に返り、「行きましょうか」、「おう」と、ぎじゅしゃくと歩き始める。
風がそよぎ、ふたりの間を白い花びらがひらりと落ちる。
「…何で、この花はこんなに急いで散り急ぐんだろうな?」
立ち止まり、それを目で追い、プロイセンはぽつりと呟く。花は美しい。出来ればこの目に長く楽しませて欲しいと思うが、この花は瞬く間に花弁を散らしてしまう。
「後に繋ぐためですよ」
日本が答える。
「花が散った後には葉が茂り、実がなります。その実が種となり、後を繋いでいくでしょう?」
…あなたがドイツさんにすべてを繋いだように。
日本は声には出さずに呟いて、プロイセンを見上げた。
「…なるほど」
「うちでは春を告げる花なんですよ。南から北まで、桜が咲き上がっていって、散った頃には夏になるんです」
「へぇ。今頃なら、俺んとこはクロッカスが咲いて、辺り一面紫色だ。4月になれば、チューリップだな。後、イースターか。ウチは冬が長いからな。花が咲き始めれば、お祭り騒ぎだ」
「うちもそうですけど。春はやはり待ち遠しいですねぇ。毎年、この時期になると年甲斐もなく浮かれてしまいます」
ふっと空を見上げれば、藍色の空に朧月。月の柔らかな光にプロイセンの赤はやさしい色をしている。この目がずっと手に入ればいいと思っていた。出会ったあの日から、ずっと。…日本は目を細め、細い指先をプロイセンの指へと絡める。
「…河川敷の桜が満開だそうですから、明日、ご案内しますね」
「ああ。楽しみにしてる」
その指を握り返し、その温かさにプロイセンは口元を緩める。…昔は花など愛でるそんな余裕もなく日々、生き抜くことに日々、精一杯だった。そんな自分に、身近に在るものの美しさや些細なやさしさをぬくもりを、花を愛でることを教えてくれたのは、日本だった。
今年の桜も、あのとき見た桜と同じように美しいのだろう。
プロイセンは漂う甘い花の香りに目を細めた。
オワリ