【青エク】 無題
それが、出会い。
そして、全ての始まり。
結局その日、授業が終わるまで待ってもらい、三人で帰路に着く事になった。
バイクを押す燐を間に挟み、捕われたなんとやら状態で歩く道すがら、交わすバイク話。俺がバイクを押してやろう、等と言う親切心や他愛ない世間話も交えながらその中で知った、彼女の事。
まず、姉と言っても燐と雪男は同じ年・・・つまり双子であったため竜士ともタメであること。医学部に進学した雪男とは違い、料理専門学校もすっ飛ばした燐は現在、夢だったのだという料亭へと勤めにでているという事。既にイチ社会人として働いている彼女に驚きもしたけれど、成程、通りで大人びた雰囲気を感じさせると思った、なんて妙に納得もしてしまった。
一つ、彼女を知るたびに満ちる、幸福感。
此方を見て、微笑んでくれることが嬉しくて、言葉交わす時間が嬉しくて。雪男が邪魔してくる事すらも、些細な悪戯に思える程舞い上がっていた自覚は、きっとあった。
今思えば、その所為で此方の連絡先を彼女が認識できてないのだと、理解できるのだけれども。
何にせよ、もしこの想いが迷惑だと言うのなら・・・・なら。
ここにきて、初めて燐から視線を外す。
流石に諦めるのなんのと言う言葉を、面と向かって告げる強さは、無い。
「……お、前が……め、…迷惑や…云うんやったら…」
最後まで云えないで閉ざされる唇。
膝の上、握りしめた手が嫌な汗を掻いた。
どうしたって、逃れられない現実。
でも出来る事なら直視したくない、現。
「…っ…云う、ん…やった、ら…っ」
終いには、瞳を強く、閉じて。
目尻に寄る皺が音を立てたような、そんな気がした緊張孕む場で。
――― 無 か っ た 事 に
してくれ。
そう告げるはずだった、竜士の言葉。
消えた代わりに、落ちたのは、
「もう一度」
透き通った、声。
聞き間違いかと思ったのに。
「もう一度、竜士の連絡先、教えろよ」
パカッと開いた瞳。
驚きのまま、見つめ返した彼女の姿。
其処に居たのは、テーブルの上頬杖付き、竜士では無く窓の外を見遣る・・・・赤い頬した燐の姿があった。
直ぐには言葉を返せなくて。
暫しの間、ハクハクと開閉のみを繰り返す。
それをじれったく思ったのか、少しだけ大きな声を上げた、彼女。
「おっ、教えてくれんのかっ、くんねえのかっどっちなんだっ!?」
「うっ、おっ?お、おおっ!あー、っと、なんや…あれ?番ご……けっ、携帯っ、携帯っ!」
想像していなかった展開故に、悲しいかな咄嗟に出なかった自身の携帯番号。
仕方なしに鞄の中、携帯を探りそれを開く。
仄かな明かり灯す画面を見ながら操作を続け、出したページをそのままに燐の携帯に向けた。
「…赤外線…」
「俺、よく分かんねえからお前、頼むわ」
準備しろ、と告げれば素直な彼女の素っ気ない言葉と共に、携帯が寄越された。
受け取り操作を続ければやはり、未登録者からの連絡を受け付けない状態にされているのを見て取り苦々しさから眉を潜めた。番号交換時、やたら雪男が絡んでくると思っていたが・・・・、もっと怪しむべきだったし口頭で交わさなければ良かったと、今更ながらに後悔しつつどうにか自身の番号を登録させると未だ、目線を合わせない彼女へと携帯を返す。
己の携帯の中には既に、彼女の番号がしっかりと入っている。
そして、今。
たった今、彼女の携帯のなかにも自身の番号が入力された。
互いが繋がっているのだと思える瞬間でもあった。
沸き起こる喜びに、瞳潤ませだす竜士。
すると、
「……ちゃ、っ、ちゃんと入れたんだからっ!」
またも大きな声を上がるので、今度はどうしたと、送った目線の先で。
「もうっ、…職場の前でずっと待ってるなんて…やめ、ろよな…っ」
「…………あぁ…それな…」
竜士としては連絡先を交換した筈だった。なのに、何度電話を掛けても全く繋がらない為その度、手の中の携帯を眺めては落ち込んだものだった。
番号が間違っていたのだろうか、とか。
もしかしたら嫌われているのだろうか、とか。
考えに考えた末、進まない歩みに痺れをきらし思い切って想いを告げる決意を固めた此度、聞いていた彼女の職場前にて待機する事にした。流石に自宅は拙いと思った為だったのだが、待てども待てども彼女は出てこず。1時間、2時間、3時間、と時だけが過ぎ太陽が落ち日付を跨ぎ、次の光が世界を覆い始める頃になって漸く、目的の人物がその店からその姿を現してくれた。と言っても、その時竜士はと言えば向かいの壁際にてしゃがみこみ、壁に背を預けねむりこけていたのだけれども。
これを見た時の、燐が受けた衝撃と言ったら。
料亭の表扉を開き、広がる景色のど真ん中に眠りこける知人の姿が有れば驚きもすると言うモノ。何かあったのかと慌て、駆け寄り名を呼んでみれば待ちくたびれて眠ってしまっていたという返答が返り、唖然呆然。
心配過ぎれば代わりに沸き起こる怒りに身を震わせ、怒鳴りつけたのも仕方ない事と言えよう。
そのまま暫し、説教を続けた燐だったのだが頃合を見計らい、喫茶店へと促す竜士の言葉で冒頭への道筋を辿る事と成る、・・・・訳なのだが。
「は、恥ずかしかったしっ!…………マジで、…心配したんだ、からな…っ」
竜士を見つけた時は本当に、心臓が止まるかと思った。
だから、もう二度と、あんなことはしないでほしい、と。そう願う彼女に誓いを立て、そして。
「……ほな…俺はお前ん事…諦めんくてええんやな…?」
改めて、何より聞きたかった問いを言葉にした。
出来るなら、もっと確実で深い言葉を望みたい。
だが、どうやら自身は今漸く、スタートラインに立ったような、そんな気がしてならないから。
「俺はお前が好きや。燐…」
「っ!…っ、りゅ…」
テーブルの上。
投げ出されていた彼女の右手を掴み、握りしめ。
驚きに息を飲む燐の、綺麗な瞳を覗き込むようにまっすぐ見つめ。
「せやから俺の事、ちゃんと……ちゃんと、男として…お前を好いとる男の一人として、その目ぇで見て、考えて欲しい」
「……っっ」
云いながら、強く、握りしめる。
彼女の息を飲む音がはっきりと聞こえようとも、力を抜く事はしない。
「…………頼む…」
懇願するような声音。
必死な瞳。
心ある人間ならば逃げられる筈も無く。
まして不器用な性格の燐なら、猶更。
「……う゛、………わ、かった…。ちゃん、と……考える、から…」
手を振り払う事すら出来ぬまま、小さな声と頷きを返した。
そうして話が纏まれば、返された返事に満足げな笑みを浮かべた竜士は彼女の手をそのまま持ち上げ。
「したらこんままお前ん家まで送ったるわ。驚かせてもうた詫びに」
「は!?いっ、いいよ別に!俺っ、一人で帰」
「すわけにはいかんやろ。惚れた女一人で帰さす男が何処に居るんや」
「う、ぐっ」
言葉を飲み込む燐を見卸し、もう一度促せば共に立ち上がり入口へと歩き出す。財布を出そうとする燐の動きを止め、素早く会計を済ませると不満げに唇を尖らせる彼女へとすかさず一言「漢の沽券に関わるからな。受け入れてくれ」と告げてから、微妙に納得を示してくれた身を左腕で包み、背を押すようにして店内を出た。