たとえば、こんな
「本当に君は平穏無事という言葉に縁がないな」
「それそっくりそのまま返すから」
かくして間をおかずのセントラルでの邂逅となったのだが。
ぐだぐだと2人して今更な事をごねながら待機中の控室で時間を潰していれば、そろそろ移動をと下士官が呼びに来た。
「どこでやんの?」
「中央の練兵場だろう。それなりの広さもあるし司令部の中から見物もできる」
「見せもんじゃねぇっつの…」
げんなりしつつやたらと長い廊下を案内役の後について歩く。ちらりと隣へ視線をやれば、上官はいつも通りのすかした涼しい顔だ。だがその手には既に赤の錬成陣の描かれた手袋が。初めて見るその赤の陣に釘付けになる。
火を表す三角に、火炎樹に、トカゲ。余分なものはすべてそぎ落とされた、シンプルな陣。
「それがあんたの獲物?」
「…そういえば君は見るのは初めてだね」
「うん」
「実力を見たこともない相手をよく指名したな」
「使えねーんだったらそれはそれで笑ってやろうと思って」
話に聞くだけの焔の錬金術師。まだこの男が術を使う様を直接目にしたことはない。そして陣から読み取れる情報は少なく、どんな風に使うのかも想像できない。
けれどそれはそれで面白い、と思った。大層な肩書と態度のでかい上官殿の実力のほど、篤と見せてもらおうじゃないか。
「遠慮しないでいいんだよな?」
旅の途中、色々それなりに危ない橋を渡ってきているけれど、今まで錬金術戦などする事はなかった。それに今回のような事もそうそうないだろう。何故こんな風にかり出されることになったのか経緯は知りたくもないが、ある意味でこれは売られた喧嘩だ。高値で買うのは吝かではない。
「相手は?」
「向こうが連れてくるとか言ってるから全然しらねー。でも誰が相手だろうがぜってーオレが勝つ!」
「負けず嫌いだな、君は」
「あんたもだろ?」
呆れたように鼻で笑ってくれるのに眉を寄せて返せば、どうかな、と男は首を傾げた。
男の眼に闘いの前の熱はない。いたって普通通り、彼にとってつまらない書類の塔を眺めて面倒だな、と思っているのと同じ顔だ。
どこまでもやる気の見えない男に一言言ってやろうと口を開きかけた時、扉が開かれた。促されて足を進めれば、眩しい光が目を射す。
練兵場周りは一種異様な熱気に包まれていた。見物人がいた方が盛り上がるという事か、多くの軍人たちが見物に来ていて、練兵場の真ん中にぽかりと空いたフィールドを囲っている。姿を現したと同時、一斉にいくつもの目がこちらを向いた。
様々な感情をはらんだ視線に幾重にもさらされる。
「……軍って暇なんだな…」
「まぁ軍が暇なのは平和で良い事だが」
そういうことかもしれないけど、良いのか、これで。
視線の集中砲火を浴びながらたどり着いた場所。中央へと促されて、そこでようやく周りから人が消えた。
「…一つ訂正しておこうか」
「あ?」
広いフィールドの中、互いにしか声が届かないようになってから漸く男は口を開いた。
「私はね、鋼の。負けず嫌いなんじゃない。勝つのが好きなんだ」
「…………。」
「……。」
……なんでだろう。
「言ってる事似たような事のはずなのに更に性格悪く聞こえるのは気のせいか?」
「君が穿っているんじゃないか?」
なんでオレのせい。いやそんな馬鹿な。
一瞬気が逸れた所で、ちらりと視線を辺りへ投げかけて肩を聳やかす。
「私の錬金術は見世物には向かない。――――そして、ここで君のお披露目もする気はない」
だがら気に入らないなら目論見ごとぶち壊してやればいい、と男はそこで笑った。ひどく晴れやかに。
――――最初から判っていた事だが。
こいつは性格が悪い。ついでに根性も悪い。弟に言わせれば俺もたいがいだそうだが、アレに並べて欲しくねぇ。…だけど、
「歳だの何だの、そんなあてにならない基準に縋ったまま寝ぼけている方々の鼻をへし折ってやりたまえ」
言っている事は、わかりやすい。
君も好きだろう、勝つの。と続けられて不覚にも楽しくなってきてしまった。
うまく乗せられているようで気に入らないが、わざわざ人の足を止めさせておいて高みの見物してる奴には相応のお返しをしてやりたいのは山々だし。
「どのくらいやっちゃっていいわけ」
「3割くらいでそれなりに派手め」
「ややこしい事言うな」
「目晦ましはやってやる」
「手抜きしねーでもうちょっと働けば?」
「華を持たせてやろうという優しい心遣いじゃないか」
ああいえばこういう。本当に口の減らない上にいけ好かない事この上ない!
「わかった。んじゃ遠慮なくゲンコでボコって吹っ飛ばす」
「そうそう、その意気で働いてくれたまえ」
「誰が相手でもオレが勝つ。…それで、」
にやり、と笑って拳を突き出す。
「次は、あんただ」
そう言い放てば、そこで漸く真っ直ぐに視線が向けられて、やがて、ふ、と僅かに目が笑みの形に細められた。
「―――――楽しみにしていよう」
ほんの一瞬だけ鋼と白の拳が触れ合って、離れたと同時に開始を告げる鐘が鳴った。