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隣のバンゴハン 【俺ティ】

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外に出ると、すっかり日が落ち世界は闇色に染まり落ちていた。
そんな夜空に浮かぶは一面の、光。
闇夜に浮かぶ小さな煌めきを瞳開き、見つめ続ける。
子供みたいに、口を開けて夜空を仰いでいるとふと、思い出した幼いころの記憶。言ってもその中の多くはよく思い出せないのだけれど、いくつか、脳裏を過る思い出が。
こうして、夜空をよく眺めた記憶。
当時と同じように顎を上に逸らし、真上を眺めていると足元が揺れた。
上を仰いでいると時折、右と左、上と下が良く、分からなくなる時がある。今もまた、バランスを崩してしまいフラリ、と身が傾ぐのを感じた。
おっと。
持ち前の運動神経で支えの脚を踏み出した、が。

「あっぶ!な、っ!」

それより先に。
ふいに、伸ばされた優しい、腕。
驚きに目を丸くさせるが、そんな真冬の身を支えてくれた綾部の腕がそのまま、彼女の身を包んだ。

「なにしとんねんっ」
「……あ、あり、がと…」

普段、早坂に女扱いされる時にも思うのだけれど。
こういった、心配や思いやりの心はとても、真冬の心を擽る。
今まで憧れていた事だけに、一層。

「ご、ごめんっ」
「ちゃんと前ぇ、見ろや!ったく!子供やないンやろ!?」
「う゛」

返す言葉もありません。
落ち込みかけるけれど、別に彼は本気で怒っているわけでは無いから、また、困る。
荒げた声を上げるけれど、全部、心配から来ているから。

「……あり、がと…」

もう一度、礼を言葉に。
そうすれば、綾部は片眉を持ち上げて。

「…ホンマ……そそかしい奴や…」

ぽつり。
落とされた言葉。
余りに近くて、吐息にも似た声だったように思える。
ダンスを踊っているのかと思えるほどの姿勢と、距離。
そろそろ、腕を離してほしいな、とか。
思いもするけれど、助けてもらった手前言える筈も無い。
じっと、待つだけの真冬に。
けれど、腕は離される事無く。
代わりの様に、落とされた、衝撃。

ゆっくりと見開かれる瞳の先
見えるものは、何もなくて

いや、あるけれど
そうじゃなくて
そう言う事じゃ、なくて
何が起きたのか、一瞬考えられなくなった。
固まっている間に離れてしまった、それ
もしかしたら、白昼夢だったのかもしれない、とか。
思ったけれど、でも。

じり

じり

滲む様に、熱を生み出すその場所に

ああ。
やっぱり、夢じゃないかも
なんて

言葉のでない真冬の前。
何時の間に距離を取っていたのだろう数歩離れた場所に立っている彼へと視線を送れば彼もまた、己同様驚きに瞳を大きく開いていて。
だから今の行為が意図せぬ物であったのだと知るのだけれど。
いや、でも。
だけど。
いやいやいや。

「………え…?」

無意識に触れた、右手指先。
伸ばした先は勿論、自身の唇。
今し方、綾部の唇が重ねられた、その場所に。
撫でる様に触れて。
された行為を理解して。

一気に、顔を真っ赤に染めた。

なんで!
あやべんがっ!?
いやその前にっ!

えっ!?
キ、キ・・・・・キィィィィ???

疑問は、全て音にならず。
驚愕に支配された身で、視線を移ろわせる。
だって、キス、されたのに、その相手を見返せるはずがない。
そしてそれは綾部も同じで。
彼もまた、動揺を隠せぬまま狼狽えていた。
気まずい沈黙が、二人の間に横たわり、足を動かす事も出来ぬまま無為な時間だけが過ぎゆく。
どう切り出せば今の流れを無かった事にしつつ、元の空気を取り戻せるだろうか。
真剣に考え始めた真冬の前、けれど綾部は一つ、瞬きを繰り返した後長い息を吐き出した。

「…すまん」
「……」

そうして告げるは、謝罪。
だが、謝られたところでどう返事をしろと?
一層戸惑う真冬に、それでも綾部は一人先に落ち着きを取り戻していたようで淡々と、話を進めだした。

「すまん。ちょぉ…無意識にしてもこれは…ホンマ、すまん」
「……あや、べん…?」

落ち込んでいるのとは違うけれど、何処か力無い声音。
少しだけ心配になって、たった今された事も忘れ心配の声を上げれば、眉を下げる真冬を見返した彼は苦笑を浮かばせ気遣わしげに揺れる瞳を向けてくる彼女の、狭い額を小突いた。

「アホ。自分は怒ってええんやぞ?何、他人の心配しとんねん」
「…や、…でも…」

本当に、怒っていいのだ。
それだけのことを、されたのに。
どこまでも他人を心配する彼女に、呆れてしまう。
だけど、そんな彼女だからこそ、なのかもしれない。

「せやな…」
「?…あやべん?」

そうだ。
きっと、そうなんだ。
だからなんだろう。

「うん。そおや」

うんうん。
不安そうに見つめてくる真冬に答える事ないまま一人、納得に頷き続ける。
そうなんだ。
そんな真冬だからこそ、ここまで。
嫁、という単語に異常な程の反応を示してしまうほどに、無意識にキスをしてしまうほどに、・・・・・ここまで、・・・・心、惹かれるのだろう。

「……好みのタイプからは掛け離れ取るんやけどなぁ…」

本当は、大人しい、落ち着いた純和風の女性が好みなんだけれど。
これもまた、無意識な呟き。
届いてしまって、真冬はまたも戸惑う。
呟きの意図が、全くと言って良い程伝わらないから。
何度も呼びかけるけれど、どうにも望む返事はもらえなくて。
最後は考える事を放棄しようとした。
唯その前にもう一度、腕を取られ。
傾ぐ身に驚きながらも綾部を見返せば、其処に真剣な瞳を宿す彼が居て。
一つ。
心音が跳ねた。

「すまんかった。……けど」

『けど』。そう続いた、一言。
緊張に引き攣る目元を堪え、一体何を言ってくれるのかと息を飲み、じっと見つめていれば真顔でこちらを見遣る彼の、透き通った目がじっと、真冬を見つめるから。

「っ…、っ」

僅かばかり、恐怖心すら湧き始めて。
けれど呆気ない程に何もないまま、時は過ぎる事と成った。

「………ま、ええか」

この一言により、幕が降りたからだ。
パッ、と離された腕が、無為にブラブラと揺れる。
胸の内を伝えようとしない彼に、当然のように疑問が沸き起こるが返される答えはやはり、無い。ただ、「ゆっくり攻めさせてもらうわ」という不可解な言葉と共に、意味深な笑みを浮かばせるだけ。
彼が何を考え、望んでいるのか。
オツムの足りない真冬には、難しすぎて想像もできない。
結局、住まいであるアパートに着くまでずっと、無言を貫いた彼に真冬も声を掛けられぬまま。去り際に挙げられた、背中越しに振られる綾部の右手を見つめ続ける真冬は依然、戸惑いから抜けられないでいた。
それは、自室に戻ってからもずっと、で。
部屋の壁に寄りかかり、小さな溜息を吐き出しては抑えきれない心の声をヒソリと洩らす。

「…………一体、…なんなのさ…」

彼と出会った時はまさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
綾部と戦い此度、得た勝利の報酬であるお弁当。その弁当を受け取るところから始まった、賑やかな騒動の数々。
生徒会室で会長という人物に疑問を抱いたり、番長に要らぬ誤解を与えたり、果ては綾部家で予想外の団欒を味わったり。
そう、唯でさえ、知人宅へお邪魔するという初めての行為を成したのだ。
一生忘れる事など出来ないだろう。