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君と一緒に眠りたい

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 そうやってぼんやりとしていたら、となりに何かの気配がして、みるとちょうど侘助がおなじ縁側に腰を降ろしたところだった。ぱちり、と瞬きをして驚いたしぐさをみせる佳主馬を気にする様子もなく、どっこいしょ、と同時に言葉が落ちる。
「何か用?」
 年寄り臭いなあ、という言葉をなんとなく飲み込んで、佳主馬は聞いた。不機嫌そうな自分の声が聞こえる。
「いいや、別に。特に何も」
 侘助はそっけなくそう答える。ここは涼しいな、と胸元のシャツのえりをひっぱってぱたぱたと風をつくる。彼は相変わらず濃い紺色をした長そでを着ている。着替えればいいのに、と佳主馬は思うけれど、それもなんだか伝えられずにそのままにされる。代わりにため息をひとつだけ落とす。
 なにかを言って、なにかが返ってきたところで、コミュニケーションというものが成り立つわけでもない。かつて侘助に問いかけた言葉の答えは、すべてをばらばらに壊していったのだ。それを必至に組み立て直した後だって、佳主馬は侘助をひとかけらも理解できない。知を欲する機械をつくって、彼がほんとうに知りたかったことを、ひとつでさえ思いつくこともできない。

「難しい顔してんなあ」
 横目でこちらを見て、にやにやと、からかうようにそう言う。侘助のそういうところが、佳主馬は好きではなかった。奥のおくまで見透かしているような口調に嫌悪感を抱く。誰だって他人に触れてほしくはない部分というものが存在するけれど、侘助のそれは、まるでその部分を盗み見しているようだ。だから、すきではない。無意識のうちに声がこわばる。
「別に、すこし頭痛がするだけだよ」
 そう言って佳主馬はとなりから視線をそらした。嘘はついてはいない、はずだ。例えれば、雨が降る真昼のような類いなのだけれど、夕飯を取る前からずっと頭が重かった。じんわり、と染みるような痛みは、どうしてだか少しだけ懐かしかった。一晩眠れば治るのだろう、だけどさびしい、そう思ってしまうほどに。
「頭痛ねえ」
 ふうん、とすこし考えるしぐさをしてから侘助は言葉を続ける。
「ぼうっと重い感じだろ。そりゃあ、あんだけ泣き叫んだらな」
「…うるさい」
 睨みつける佳主馬の視線を受け止めて、こわいこわい、とおとなはにやにやと笑う。
 たくさん泣けば頭が痛くなるだなんて、そんなことは知らなかった。懐かしいと感じたということは、どこかでそれを体験したのだろうけれど、覚えていないことと知らないことは同じだ。
だったらみんなだって、と、開けた口をふとつぐむ。
 今日、この家にいた人たちはたくさん泣いた。たくさんたくさん、まるで涙の海ができるくらいにそれを落としたのだ。それを改めて侘助に伝えることを、佳主馬は言葉を切ることで避けた。思い出させてしまうとか、そういうことではない。侘助のなかにははじめから彼女はいるのだから。ただ、事実を口にすることがこどもには重すぎただけだ。目につく彼の紺色は、今日の夜闇のようだと佳主馬は思う。

 侘助は、その夜闇の先にある、朝顔をみつめていた。それは朝に咲くものであるから、真夜中に花が開いているはずもなく、彼は朝顔のあるべき方向へ目線を落としていたのだけれど。それでも、佳主馬には侘助が朝顔をみつめている、とはっきりとわかった。たとえ自分でなくたって、いまこの家にいる人間ならば必ずわかるはずだ、とおなじ朝顔をみようとしながら佳主馬は考える。淡いひかりがぼんやりと浮かんでいるような、やさしくてつよい花と彼女をおもう。
「ねえ、あんたもあるの?」
「は、なにが?」
 侘助は佳主馬をみたあとに、…あー、と、何かを思い出したような声を出した。
「あるよ、」
 彼は言う。
「たくさんある。ひとつひとつは覚えてないけれど、忘れてしまったのはうんと昔の記憶だ。お前が泣いているのをみてたら、覚えていたそれらがいっきに溢れてきた。佳主馬、お前が羨ましい。俺はもうおとなで、ああいう風に体がおかしくなってしまうほど泣くことはできないから」
 視線を落として、言葉だけが自分に向けられていることを、残酷だ、と佳主馬は思う。なんてひどいおとなだろう。そんなことを言われたところで、佳主馬にはなにひとつもできないことを、彼はきちんと知っているのだ。侘助はいつも一方的だ。一方的に何かを押しつけて、何かを奪って、そのままだ。

 こちらを向いて動かないこどもをそのままにして、侘助はよいしょと立ち上がる。まわりの空気がぐるぐると、廊下の蛍光灯のひかりと混ざり合う。
「そろそろ出るかな」
「…どこか行くの」
 すこしだけ遅れて聞こえた問いに彼はすとんと答える。
「ああ。自首しにな」
 くん、と佳主馬のまわりの空気が止まる。わかりやすい反応に愛しささえ生まれてしまう。どうやらうんと小さい頃と変わらず、わりと素直な部分がきちんと残っているらしい。自分が普段とは違う類いの笑みで佳主馬をみつめていることに、侘助は気付かない。
 手が伸びて、くしゃり、と頭をなでる。じゃあな、とつぶやかれた声は、てのひらを通して佳主馬にとどく。
「侘助おじさん!」
 その手が離れ彼が歩き出したところでやっと喉が開いた。ふいをつかれたようで、彼が思わずこちらを振り返る。
この人がそのむかしに泣いた理由なんて、ひとつも思い浮かばない。ほんとうに知りたいことも、いま彼が何を考えているのかもわからない。ひとつだけわかることは、ここが侘助のかえる場所であるということだけだった。ひとつしかない佳主馬に選ぶ必要はない。いつだってそうだ。ひとつならば、けして間違えない。だから佳主馬は伝える。
「いってらっしゃい、」
 ああ、いってくる。目をまんまるにさせたあとに、すうと細めて返したひとことは、淡い花の色に似ていた。
作品名:君と一緒に眠りたい 作家名:よここ