夢、覚めて
角を曲がったところで食堂から僅かに溢れている人の多さに思わず首を振る。
「ありえん」
昨日小平太が言っていた言葉を思い出したのだ。天女がいた夕餉はすごかったのだと。朝一番に食堂に行かないと、天女と話ができない、と。
それはどうやら本当らしい。一旦空くまで待とうか、と思ったが食堂から溢れている生徒が困ったような顔をしていたのを見咎めて、足を進めた。
「団蔵、何をしている」
「あ、潮江先輩おはようございます」
とりあえず委員会で見知った顔に声をかければ団蔵は文次郎を見咎めて、きちんと頭を下げた。
同時に団蔵の周りにいた一年は組の面々も一斉に頭を下げる。
おはようございます、と挨拶してきた一年は組に文次郎もおはようと返してから、団蔵に視線を止めた。
「食堂っていうか、受付がいっぱいなんですよ。中に入りたくても入れなくて」
「中は空いているみたいなんですけど」
隣で団蔵の同室者である虎若が同じように眉を下げている。
見れば食堂の入り口を覆うように各学年の忍服を着た生徒が密集しており、いくら体の小さい一年生と言えど先輩を押しのけて入ることは難しいだろう。
授業に間に合わなくなっちゃう、と誰かが呟いたのを聞きとがめ、文次郎は入り口に集まる面々を見やった。
「分かった」
そう言えば文次郎は入り口を塞いでいた五年と四年、そして六年の忍服を着た生徒を一人づつ引きはがし放り投げた。
「いっ」
「うわっ」
「えっ」
そうして空いた隙間に入り込もうとしていた下級生の生徒の頭を掴んで脇にどける。
「ほら、入って席取ってこい」
無理矢理しんべヱでも入れる幅を作り上げ、は組の生徒を促す。
「ありがとうございます」
「これで朝ご飯が食べれる!」
口々に文次郎への感謝と朝餉がとれる安堵を口にしたは組の生徒が食堂に入っていく。
「文次郎いきなり何するんだよ」
「いきなり放り投げるとは!」
「先輩、容赦ないっすね」
上から順番に、伊作、滝夜叉丸、八左ヱ門。それぞれが文句を言ってきたので、文次郎は鋭い視線を投げかけた。
その視線に滝夜叉丸は怯み、怯んだのを八左ヱ門は隠し、伊作は慣れたように受け止める。同じく文次郎に不服な視線を投げかけていた下級生はその視線に固まった。
「一年どもが入れねぇって悩んでたのに、無視するとはいい度胸だな、阿呆ども」
何の話だ、とばかりに目をぱちくりと瞬かせる三人に文次郎はもう一度阿呆、と呟いて食堂に足を踏み入れた。
食堂に入った文次郎はその瞬間にぶわりとした甘い香りに包まれた。
思わず咽そうになるが平常心を装いそうして食堂全体に視線を向けた。
先ほど虎若が言ったように、食堂内は空いていた。混んでいるのは入ってすぐの受付台。下級生の何人かは時間がないのに気付いて慌てて席についているが、多くの生徒がそれに気づいていない。
文次郎は深いため息をついてから、一年は組の生徒を引き攣れて食堂のおばちゃんを呼んだ。