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心配性のふたり

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 『仕事がある』とカルロのもとに呼ばれたが、なんだか細かいところで調べ足りないところがあるとか、新しい情報が入ったとかで、その仕事についての最終確認のためにカルロは出て行ってしまった。
「ダリぃ……」
 ソファーに腰を下ろしてじっと壁をにらんでいたウォルターはぼそりとつぶやく。
 判定書は出てるんだから、指令を出してから行けばいいのに。
 もちろんそういうわけにいかない……危険が増す、ただでさえ危険なのに……万全を期したいのはわかる。わかるし、ありがたいことだとも思う。いや、そっちもこっちも仕事なんだから、感謝するようなことじゃないかもしれないが、そうやって働いてくれるからこそ、こっちも安心して……とはいかないが、少なくとも余計なことに気を取られず……働けるというわけだし。
 まぁ、現場で判断します、ということだってありはするけれど。
 今わかっている情報があるのなら組み込んで考えるのは当たり前だし……新しい情報が入ったというのなら、もしかしたらこの仕事は無しになるのかもしれないし……まぁそれはあんまり考えられないけれど。
 つらつらと考えて、退屈しのぎと、不満の解消に努める。
 無駄な時間じゃない、必要な時間なんだ。
 足止めされているようなイライラを、まだ仕事じゃないんだからと己に言い聞かせ、なだめる。
 まあ待てよ。
 ってかいつまで待てばいいんだ。
 動くのもダルいが、動かないのもダルい。
 待つ時間がわからないのがつらい。
 カルロはいっこうに戻ってくる気配がない。
 暇つぶしに考えることももうない。
 静かな部屋にぽつんとひとり……じゃ、ない。
 けど、部屋は静かだ。
 ウォルターはちらりと隣を見る。
(アンディ、寝とる……)
 さっきから反応がないなとは思っていたが、まさか寝てるとは。
 ソファーに座るウォルターの隣で、同じように座り、っていうかもたれかかるようにして、首を傾けて、スー、スー……と寝息をたてている。
 大きな目は固く閉じられ、口はうっすら開かれ、きりっとした眉からは力が抜け、頬はわずかに赤い。
 いつから寝ていたのか。
 一緒に部屋に呼ばれ、カルロを待つことになり、あれこれと話しかけるウォルターに生返事を返していたアンディは、いつしかそれすらもやめてしまって。
 ウォルターが気付くと隣で寝ていた。
 しかも熟睡。
 ひとつ確かなことは……。
(……動くわけにいかねぇ……!!)
 いや、いいんだけど。全然いいんだけど。そっとなら、起こすこともないだろうし、どうせカルロが戻ってきたら起こさなきゃいけないんだし。
 だが……。
(疲れてんのかな、コイツ……)
 あどけない寝顔をじっくりと眺める。
 顔を見てもわからないけれど、つい昨日まで仕事に出ていたらしいし、その後の医務室騒ぎで暴れた後だし。
 年相応のこどもらしい寝顔に、かわいそうな気持ちさえしてくる。
(寝させてやりたいけどな……)
 こうなると話は違ってくる。
 先ほどまでは、今か今かとカルロが来るのを待って、焦れていたが。
(カルロ、まだ来るなよ……)
 そわそわとして扉の方を見る。
 アンディがすっきりするまで、寝させてやりたい。
 仕事となるとそういうわけにもいかないが。
 仕事のためにも……無駄な時間じゃない、必要な時間だ、本当に。
 もう一度アンディの寝顔を眺めようとした時だった。
 ガチャッ。
 静かな部屋に響いた大きな音に、ウォルターはビクッとして振り返る。
「あ……」
 モニカだ。扉を開けたのはモニカ秘書官。
 強張った顔をしていたウォルターに驚いたらしく、目を見開いて立ち尽くしている。
 ウォルターは思わず唇に人差し指を当て、『シィーッ』と言った。そしてアンディを見る。まだ寝ている。それを確認してホッとする。
「……え? なんですか? どうしたんです?」
 静かに扉を閉めたモニカが、小声で訝しげに問いながら近付いてくる。
 その手には、ジュースの瓶。
 ふわふわとした天然パーマの淡い茶色の髪の毛を揺らしながら、ソファーまで来ると、瓶を差し出しながら首を傾げる。
「喉が渇いたかと思って持ってきたんですが、ウォルター、どうかし……」
 その分厚い眼鏡の奥の目がしばたかれる。
 モニカはゆるい笑みを口元に浮かべた。
「……アンディ、寝ちゃったんですね」
 視線の先にはぐっすりと寝入っているアンディの姿。
「待ってる間に寝ちまったんだ」
 ウォルターは小声で言って『どうも』とジュースの瓶を受け取る。
 モニカはつくづくとアンディの寝顔を見る。
「……昨日はいろいろとありましたからね……」
 頬に手を当て、少し首を傾げて、憂いのこもった声で言う。
 心配そうに眉をひそめて、困った様子で視線をさまよわせる。
 本来ならば、起こすべきなんだろうが、カルロが来たら仕事なんだし、起こしておいたほうが、でも。
 ……というモニカの困惑が、ジュースを飲むウォルターにも伝わる。
「もうちょい寝かせてやりてぇよな……」
「うーん……」
 モニカが腕を組んで難しい顔をして考え込む。
「そうですね……私は起こしませんけど、でもカルロさんが来たら……」
 首をひねって言う。
 カルロが来たら起きてもらわなければならない。
 そうなんだけれど、とウォルターは思う。
「なぁ、モニカ。も少し寝かせてやれない? アンディ、疲れてるみたいだしさ」
「ええっ……、今はいいですけど……カルロさんが来たら」
「来なければいいよな? こんなに時間かかってんだ。どうせ急ぎの仕事じゃないんだろ?」
「……ウォルター、何を考えているんです?」
 レンズの向こうの目がスッと細められ、とがめるようにウォルターを見る。
 ウォルターは誘導するようにアンディの方を見て、低くおだやかな甘い声で言った。
「来るまで、……でいいんだよ」
「……」
 アンディのすやすやと眠る顔を再度見たモニカが、折れた。


作品名:心配性のふたり 作家名:野村弥広