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心配性のふたり

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「カルロさん!」
 扉の向こうからモニカの声がする。
 ウォルターはぴんと耳をそばだてる。
 どうやらカルロが来たようだ。
「ちょっとお話ししたいことがあって……」
 声から察するに、モニカは緊張して、もじもじとしているようだ。
 そんなモニカに、ウォルターは心の中でエールを送る。
(がんばれ、モニカ!)
 カルロの訝しげに低められた声がする。
「どうしたんだい、モニカ。そんなところに突っ立って」
「えっと、あの……その……」
「まぁ、話なら中で聞くよ」
「ダメなんです!! ここじゃなきゃっ……」
 悲鳴のような上ずった声を上げ、見えないもののたぶん必死にカルロを押しとどめているのだろうモニカの、たどたどしい言葉。
「いえ、あの、すぐに聞いてほしい、っていうか、……その、なんでいうんでしょう、あの」
「……悪いけど、中にウォルターとアンディを待たせてるんだ」
「あ、ここがいいんです!!」
「……ここ、って、部屋の前で?」
 呆気にとられた様子のカルロの気が抜けた声。
「その、ふたりっきりで話したいっていいますか……」
 おずおずとしたモニカの声が震えている。
 聞いていたウォルターはふき出しそうになる。
(告白みたいじゃん!!)
 わくわくする。
 で、自分の口を手のひらで押さえ、そんな必要はないものの、気持ち的に顔のニヤニヤも唇を噛んで堪える。
(俺が笑っちゃいけないだろ……)
 我ながら、モニカに酷なことを頼んだもんだ、と反省する。
 扉の前に立って、カルロが来たらなんでもいいから話を振って足止めしてくれ、なんて。
 さて、うまくいくだろうか。
 扉の向こうから聞こえる会話に耳を澄ます。
「ふたりっきりで?」
 カルロが不審がっている。
「ええ! そうです!!」
 モニカが力いっぱいに返事をする。
「それはかまわないが、後にしてくれないか?」
「いえ、今じゃないとダメなんです」
「じゃあ、早く頼むよ」
「えっと……」
 モニカが言葉に詰まる。
「あのですね……」
「なんだい?」
 言いにくそうなモニカに、やさしく訊ねるカルロ。
(ますます告白みたいだな……)
 いっそのことそれでもいいから、何か話してくれないと、足止めできないぜ……なんて思うウォルター。
 案の定、焦れたカルロが、扉に手をかけた音が聞こえる。
「長くなるようなら、後で」
「いえいえいえ! すぐ済みます!!」
「そうかい? じゃあ……」
 促されて、モニカが『あっ』と何か思いついた様子で声を上げる。
「角に新しくケーキ屋さんができたのご存じですか!?」
 ウォルターはたまらずブッとふき出した。
 よりにもよってそれ。
「……いや、知らないが……」
 呆れた調子のカルロの言葉が返る。
 それでも、モニカは必死に続ける。
「できたんです!! すごくおいしいらしいんですよ、それが。女の子たちが話してて……」
「……そうか」
「特にレアチーズケーキが絶品らしいんです! 口の中でとろけるようで、甘味と酸味がちょうどよくって……」
「……へえ」
 ウォルターは口を押さえてぶるぶると震える。
(カルロ相手にガールズトーク……!!)
 キツいもんがあるぞこりゃ、と思えば意外とそんなことはなく、カルロは嬉しそうにはずんだ声で言う。
「じゃあ今度買ってきてくれないか」
「はい!」
「話はもういいね」
 また扉がガチャッと音を立てる。
「え! まだっ……」
 モニカのあせった様子が伝わる。
「まだ? まだ何か?」
 カルロが止まったようで扉は開かれなかった。
「えっと……この間、市場でとってもキレイな布を売るお店があって……」
「うん」
 話が終わって。
「そういえば、ラジオによく出ている有名な人がこの近くに住んでいるらしくって……」
「うんうん」
 また始まって、終わって。
「この前読んだ雑誌に新しいダイエット方法が……」
「うーん……」
 また始まって、終わって、また始まって。
「ううーん……」
 だんだんとカルロの相槌が低く長く苦くなっていく。
 ほとんどうなり声だ。
 モニカの言葉が途切れたところで、気遣わしげにカルロは言った。
「おかしいな……。モニカ、いつも真面目な君らしくないじゃないか。どうかしたのかい? 疲れているなら無理せずに……」
(おっ、カルロやさしいな、おい……)
 自分たちには鬼のようなカルロも、相手が真面目な女性秘書官となると、違うのか。
 無理せずに、の後、カルロは続けて言った。
 たぶん、ニッコリとして。
「働きなさい」
「ちょっ、カルロさん!」
「あはは、冗談だよ」
(おいおい、絶対マジだよ……)
 ウォルターは冷や汗を流して遠い目をして壁を見つめる。
(無理せずに働け、って……)
 さすが鬼のカルロ。
 改めて寝ているアンディを見て思う。
(休ませろよ……)
 扉の向こうからまた開こうとするガチャッという音がする。
 慌てるモニカの声。
「ああっ、待って! まだ話がっ……」
「もういいだろう? 大した話じゃないみたいだし。仕事が先だ。体調が悪いなら医務室に行きなさい」
 ここまでか。
(まあ、ガールズトークじゃな……)
 ウォルターはさっと立ち上がり、素早く扉まで行き、扉を開けたカルロの目の前に立ちふさがった。
 室内に踏み込もうとしていたカルロがビクッとして足を止める。
 危うくぶつかるところだった。
「うわ、ウォルター……ちょっと驚いたぞ」
「よぉ、カルロ。俺と男同士の話をしようぜ」
 壁に肘をつき、サラッと前髪をかき上げて、細めた目で相手を見据えて、低くささやくように言う。
「……」
 カルロがぽかんと口を開けた。ゆっくりと、首が傾げられる。
「……いいけど、なんだい?」
「えっ」
 ウォルターはぎくっとする。
(しまった、何も考えてなかった……)
 痛恨の失敗。
「……」
「話がないなら、仕事の話をするから……」
「あっ、ああ、えっと、角に新しいケーキ屋が……」
「それはもうモニカから聞いたよ」
 資料の束でウォルターを押しのけるようにしてカルロが横を通り抜け、机の方に向かって歩いていく。
「「ああっ!!」」
 ウォルターとモニカの上げた悲痛な声が重なった。
「今日はなんだかふたりとも変だな……ん?」
 ソファーに目をやり、カルロが足を止める。
「なんだ、アンディ、寝てたのか?」
「もう起きてるよ」
 ソファーから身を起こしてカルロをぱっちりした目で見上げるアンディ。
 後方でがっくりとしているふたりに気付いた様子はない。
「なんで寝てたってわかるの?」
「見ればわかるさ」
「そうなの? ちょっと前から起きてたんだけどな……」
 ごしごしと目をこするアンディ。
 急いでソファーまで来たウォルターが、あせって訊ねる。
「おまえ、いつから起きてたんだ? アンディ」
「ん……ウォルターが立ったあたりかな」
 首を傾げて答えて、アンディは手をのばし、ウォルターの飲みかけでテーブルに置いてあったジュースを取って、ごくごくと遠慮なく飲み干す。
「なんだよ……」
 自分のしたことはなんだったんだ。
 ウォルターがさらにがっくりとしてソファーに倒れこむ。
「まぁまぁ、少しは眠れたみたいですから……」
作品名:心配性のふたり 作家名:野村弥広