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当たり前の誕生日

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今まで誕生日は家族と一緒に。と言っても父も母もそれぞれの仕事で忙しいので祖父と祖母と双子の片割れと過ごすことが当たり前だった。用意されたケーキに灯されたゆらゆらと揺れるロウソクの火をふたりで吹き消す。部屋が暗くなったかと思えば拍手とともに部屋に明かりが戻る。目の前には家族の笑顔。そして隣には片割れの笑顔。この瞬間がたまらなく好きで幸せだった。このことが当たり前になるまで少し時間が掛かったけれど、それでも当たり前になったことが嬉しい。翔の様態が悪化するのではないかと考えると胸が苦しくなったが、当の本人がそんな素振りを全く見せないものだから今は素直にこの状況を喜んでいる。

「翔ちゃん、お誕生日おめでとう」

 そう言えば「お前も誕生日だろ」と兄は笑う。屈託なく笑う兄の笑顔が好きだった。




 東京に上京して初めて迎えた誕生日。新しく出来た友人に祝われ、離れた地に住む友人たちから送られてきたお祝いメールに笑みが零れたが、一番見たかった笑顔が見ることが出来なかった。それどころか兄である翔が早乙女学園に入学してから一度も顔を見ていない。ゴールデンウィークも一度も家に帰ってこなかった。昔の友人が片割れは元気かと尋ねてきたが、そんなのこっちが知りたいくらいだ。

「翔ちゃんのばか」

 今まで一番におめでとうと言っていたのはボクだった。お前も誕生日だろと言って最初に祝ってくれたのは翔ちゃんだった。今まで、それが当たり前だったのに。
 それは、これまでの誕生日とは異なる誕生日だった。今まで一緒に祝われ、そして祝い合ってきたのだ。不思議な感覚というより寂しいという感情が占める割合の方が大きかった。そんなことを考えながら半日が過ぎた頃だった。薫の携帯が震えた。ディスプレイに表示されたのはもちろん、

「翔ちゃん!!」
『どうしたんだよそんなデッケー声出して』
「だって翔ちゃん全然連絡くれないんだもん!!」
『あーわりィ。それより、バースデーカードありがとな。つかお前もおめでとう』

 互いにおめでとうと言い合い、そしていつものように笑った。久しぶりに聞く翔の声はいつもと変わらず明るくて溌剌としていて薫は安堵した。受話器越しに薫がほっと胸を撫で下ろしていることを心知らない翔は「お前はホントにマメだよなあ」と関心していたが、元気でいるなら良いかと薫は何も言わず、ただ翔の話に相槌を打った。時々後ろで誰かが何か言ってる声が聞こえてきたが、どうやら学園で楽しくやっているらしいことが窺えた。瞼を閉じれば翔の笑顔が浮かぶ。離れているけれど、こうして互いに祝いあうことが出来る。それに来年は一緒に祝えるはずだと、薫はなぜかそう思っていた。




 その翌年に迎えた誕生日。1年振りに二人揃って誕生日を迎えることが出来たのだが、翔の周りにはたくさんの人がいた。同じく6月9日が誕生日である四ノ宮那月も加えた三人の誕生日会に薫はいたのだが、集まったメンバーは兄のライバルであり仲間である友人たちだった。薫も早乙女学園に何度か足を運んだことがあるし彼らとは顔見知りである。それでも、誕生日会に呼ばれ、祝われているという現状は薫にとって少し不思議な感覚だった。翔と一緒に祝ってもらっているにも関わらず青空に雲が掛かったような気分になる。

「翔ちゃん見て下さいこのピヨちゃんのぬいぐるみ!!とーってもふわふわで気持ち良いんですよー」
「あーはい、そうか、良かったな」
「しょー!ケーキ2つ目食べてもいい?」
「音也、あなたには遠慮という言葉がないのですか? そもそも高カロリーなケーキを2つ食べるということ自体」
「イッチー、祝いの席でお説教は良くないんじゃない?」
「一十木、余った分は主役にという話だったではないか」

 わいわい盛り上がる男性陣とそれを遠くから呆れた様子で見守る女性陣。恐らくこのような会話がたびたびされているのであろう。それを薫は肌で感じていた。去年電話越しで聞いた賑わいも恐らくこれだろう。そして、兄は去年もここにいた。まだ駆け出しのアイドルで、スタートラインに立ったばかりでも、それでも兄がこれから先多くの人に祝われている姿が目に浮かんだ。ぎゅっと、心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
 翔には翔の生活があり、薫には薫の生活がある。分かっているはずだった。それはごく自然で当たり前のことなのだから。でも、それと同時に今までの当たり前が少しずつ崩れていくような、不安定で脆いようなものにも思われた。当たり前が当たり前でなくなる。それがとても、

「薫?どうしたんだ」

 いつの間にか薫の隣には翔がいた。先ほどまで翔がいた場所に目を向ければ相変わらず賑やかな風景がそこにあった。そこから抜け出してきた兄は首を傾げていたが「ほらよ」と薫の手に持っていたコップを一つ押し付けた。

「ったくアイツらホント元気だよなあ」
「翔ちゃんも楽しそうに騒いでたじゃない」
「まあな」

 ふっと笑った兄の表情は柔らかい。楽しそうに声を上げる人々に目を向ける兄につられ、薫はもう一度彼らに目を向けた。兄と約1年共に過ごした彼ら。彼らは自分の知らない兄を知っているのだろうか。知っているだろうなという結論に至る。三月の卒業オーディション時に兄が見せたあの表情、歌、ダンス。どれもが今まで見たことがないほど素晴らしく、輝いていた。兄の成長を、きっと彼らは知っているのだろう。兄の成長は薫にとって突然だった。それだけではない。兄はいつだってなんだって突然だった。今日の誕生会もそうだが、他もそうだ。突然で、自分は心配することしか出来なくて、兄は問題をひとりで乗り越えてしまうような人だ。仮にも兄の片割れなのだ。もっと頼って欲しかった。自分はそんなに頼りないのだろうかと悩むことも多かった。自分は兄にとって、

「つーか、お前がいると誕生日って気がするよなー」

 その言葉に薫は思わず目を見開いた。しかし翔はそんな薫に気付いていないのか一人話しを続ける。

「去年も誕生会開いてもらったんだけどよ、俺だけ祝われてるのも不思議な感じだったからさ」

 那月もいたけどアイツはライバルだからな、なんか違うだろ?なんて薫に話を振るが、生憎薫の耳には届いていなかった。翔が、自分と同じようなことを考えていただなんて知らなかった。一人の誕生日が寂しいだなんて、そう感じているのは自分だけだと思っていた薫にとって翔の言葉は衝撃であり、何より自分のことを忘れていなかったことが嬉しかった。

「薫、」

 名前を呼ばれ、薫はふと我に返って翔を見つめた。青く澄んだ瞳がじっとこちらを見ていた。薫も同じ色の瞳だが、薫にはない力強さを湛えた光を宿した瞳だった。その光がふっと柔らかくなる。

「誕生日おめでとう」

 何気ない、毎年聞いていたその言葉に心の奥底からぐっと何かが湧き上がってくるのを薫は感じた。一度ぎゅっと唇を真一文字に結び、そっと唇を動かした。

「翔ちゃんも、誕生日おめでとう」
「おう!ありがとな」
「…ボクの方こそありがとう」
作品名:当たり前の誕生日 作家名:かやま