当たり前の誕生日
ニッと白い歯を覗かせて翔は笑う。当たり前が変わってしまったとばかり思っていた。だけど、翔の中には変わらない当たり前がずっとそこにあったのだ。薫は今それを実感した。
「ねえ翔ちゃん、」
「ん?どうした?」
「これからも、ボクがおじいさんになっても祝ってくれる?」
薫の唐突な問いに翔はどうしたのかとたじろいだが、じっと自分の答えを待つ薫の表情は到って真面目であった。その表情に、翔は薫を安心させるようにふっと笑みを浮かべたあと、何てことないというように答えた。
「俺の方が一瞬早く生まれたけど俺とお前は同じ6月9日生まれ。んでもって双子。去年みたいに離れてても俺が誕生日を迎え続ける限り祝ってやるよ。当たり前だろ」
翔の言葉はいつだって薫に静かに、そして深く沈みこんでいく。どうして、どうしてこうも嬉しい言葉をさらっと言ってのけるのか。どうして、兄は自分が欲しがっている言葉をくれるのか。薫は溢れ出しそうになるものをぐっと堪えて、そして笑った。
きっと、これから翔は多くの人に囲まれ、そして祝われることだろう。今日集まっている仲間たちだけではなく、ファンと呼ばれる不特定多数の人々たちからも誕生日を祝われている様子が目に浮かぶ。自分はその場にいるだろうか、と薫は考える。その答えは分からない。でも、きっと家族や身内だけで祝うことがなくなっても、祝ってくれる人が増えても、ふたりの誕生日は変わらない。
それぞれがそれぞれの道をいく。きっとそれは道を違えたその時から、もしくはその前から、いや、翔と薫が生を授かったその時から分かりきっていたことかもしれない。それでも、互いが互いの片割れであるという事実は揺るがない。これから、いろんなことが起こるであろう。いろんなことが変わっていく。それでも変わらないものがある。恐らくそれらを当たり前と呼ぶのだろう。
「翔ちゃん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう。そして、生まれてきてくれてありがとう」
きっとこれからも互いの誕生を祝い、感謝していく。それは薫にとって、そして翔にとっても当たり前のことなのだ。