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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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我儘

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「本当にこれで良いのか?」
「ええ。これでいいです」
「欲がないというかなんというか…変わっとるのう」
 夜も更けて、左近は自分に割り当てられた天幕にいた。そこには伏犠も居り、二人共鎧を脱ぎ左近の私物である夜着姿ですっかり寛いでいる。
 寛いでいるというより、伏犠を背凭れにして左近が寛いでいる、というのが実際のところだった。
 胡座をかいて座っている伏犠の胸と腹に頭と肩を預けて足を投げ出し、左近は手にした書簡を眺めている。
 お願い、と言われて夜更けに呼び出されたかと思えば、書を読みたいから背中を預かって欲しいという。
 拍子抜けした顔の伏犠に問答無用で背中を預けてくる左近に、伏犠は呆れながらもその背を預かるしかなかった。
 伏犠は左近の上体を支えるためにその両脇の下から腕を回し、その厚い胸の上で手を組む。その伏犠の腕を肘置きにでもするようにして左近は書簡を広げている。
「そうですか?俺は今結構な贅沢してる気分ですけどね」
 左近は書簡に目を向けたまま、どこか楽しげに言う。
 その後ろ頭越しに書簡を覗きこんだまま、伏犠は首を傾げる。
「そういうものか?」
「そういうもんです」
 断言する左近に、伏犠はそういうものなのかと納得したような、どこか納得できないような面持ちで居る。
 左近は顔を上に向けてその伏犠の顔を下から見上げてみる。
 この仙人は、飄々としていながらもその実力はあるのだろう。他の仙界の者がこの男の言葉にあらかた従う以上、実質的な仙界軍、また仙人たちの指導者であることには違いない。
 そのような相手をこうして自分の言で振り回し、その時間を自分が独り占めできるのだ。
 これを贅沢と言わずして何と言うか。
 見上げてきた左近に気付いて伏犠が視線を下ろす。
 視線を絡めて、左近がにこりと、笑う。
 そのまま再び書簡に目を戻してしまった左近の後ろで、伏犠が左近から見えないことを良いことに、どれほど甘い顔を見せたのかは知られることなく。
 ゆっくりと、時ばかりが過ぎていく。
 室内には書簡を巻く音ばかりが響いている。
 それはとても柔らかい夜だった。
「…伏犠さん」
 不意に、静寂を破って左近が声を上げた。
 気がつけば、室内をぼんやりと照らしていた灯りが揺らいでいる。時を忘れるほど左近は書簡に、伏犠は書簡を眺める左近に見入っていた。
「何じゃ?」
 問い返す伏犠の声も随分と柔らかい。
 人を鼓舞するために張り上げられる声も良いが、こうした折に時折聞けるその声が、左近は割と気に入っていた。
「…ちょいと眠くなってきたんで、このまま寝ていいですか?」
「何を言うか。風邪を引くぞ」
 左近の提案に呆れたように言い、布団は敷いてやるから我儘を言うでない、と伏犠が左近の体を引きずって起こそうとする。
「いーやーでーすー」
 しかし書簡を手にしたまま、左近が胸元にある伏犠の腕に掴まるようにしてじたじたと抵抗する。
 まるで子どものようなその反応はまったくの予想外で、思わず伏犠の手が止まる。
 畳み掛けるように左近が顔を上げて上目に伏犠を見上げ。
「……ここがいい」
 微笑み付きで告げられた言葉に、伏犠は目を瞬かせる。それから盛大に溜息を吐いた。でなければ、またとんでもなく甘い顔を左近に晒してしまうところだったからだ。
「…まったく…困ったやつじゃのう」
 その言葉は文面とは裏腹に、隠し切れない甘さが滲む。
 一度は上げかけた腰を下ろして再び左近の上体を抱き寄せる。
「…眠ったら布団へ連れて行くぞ?」
「寝るまで一緒にいてくれるんならそれでいいですよ」
「……あまりからかうでないわ。お主の言葉を冗談と受け流せる余裕は持ちあわせておらんでのう」
 笑いながらそういう伏犠の言葉も冗談なのか本気なのかはわからない。
 左近も伏犠のその笑顔を見上げながら、自分の胸の上で組まれた伏犠の手へと自分の指を絡める。
 どこか挑むように不敵に笑ってみせるその笑顔に、伏犠は完全に目を奪われていた。

作品名:我儘 作家名:諸星JIN(旧:mo6)