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「好き」と「好き」

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(やっぱり・・・殺生丸さまはりんのこと、なんとも思っていないんだ・・・。そりゃ、大切にしてくれているけど。いつも気づかってくれているけど・・・。でも、りんの「好き」とは違うんだ・・・)

わかっていたはずであった。しかし、やはり、りんは悲しみを隠せなかった。

「どうした?りん」
「・・・殺生丸さまは、かまわないの?」
「りん?」
「殺生丸さまは、りんが・・・五平のところへお嫁にいくっていったら・・・それでいいんだ・・」
「五平?」
「うん。お嫁にっていってくれたのは五平なの。ほら、いつか一緒に川で魚取ってたところに、殺生丸さま降りてきたでしょ?」
殺生丸はその少年の姿を思い出した。無意識ながらも、眉間に深いしわが刻まれる。
「殺生丸さまは、りんがそうしたいなら、五平のお嫁になっても、いいんだね・・・」
「・・・」
殺生丸は無言である。りんは、やるせない気持ちがこみ上げてきた。


一ヶ月ほど前のことだった。りんは、犬夜叉がかごめに口づけするのを見てしまった。森の中で野いちごをつんでいるときに、偶然二人が寄り添う姿を見てしまったのだ。二人は夫婦だから、唇を重ねることもあるだろうが、実際にその様子を目撃してりんは心臓がどきどきしてしまった。口づけした二人は唇を離した後も、しばらく見つめあっていた。「かごめ、好きだ・・・」犬夜叉がかごめに告げる。かごめが「犬夜叉、わたしも好き・・・」と答えて、二人は再び唇を重ねて、お互いをきつく抱きしめていた。りんは二人に気づかれないようにそうっとその場を離れた。

(犬夜叉さまもかごめさまも、とっても幸せそう・・・。お互いのことすごく好きなんだ・・・)

二人のからめあうような視線を思い出す。世界にはお互いしかいないような、お互いしか見えていないような二人だった。

(りんも・・・りんも殺生丸さまが好き・・・)

自然にりんの心の中に殺生丸の美しい姿が浮かぶ。冷淡なほどの美貌。白い肌。銀色の髪。きらめく黄金の瞳。いつもは無表情な瞳が、ときどき、本当にときどきだけれど、りんを見てやさしくまたたく時がある。その瞳でみつめられると、りんは心の奥がきゅんとなって、殺生丸しか見れなくなってしまう。この世界に殺生丸しか存在しないような気になってしまう。

(好きって・・・こういうことなんだ。りんは殺生丸さまが好きなんだ。だって、りんも、殺生丸さまに口づけたいもん・・・あの二人みたいに・・・)

そう思ってりんは自分の頬が熱くなるのを感じた。

幼い頃、殺生丸の後を追いかけて、好き、大好きと、告げていた。あの頃の「好き」よりも、今の「好き」はもっと強くて、嬉しくて、そして切ない。あの頃は、自分が殺生丸を好きというだけで、殺生丸から何かの返事を期待などしていなかった。殺生丸が自分のことを大切にしてくれているのはわかっていた。殺生丸はいつも自分に優しかった。だから、自分の気持ちの先に何があるのかなんて、考えもしなかった。

でも・・・。殺生丸の気持ちにはその先なんてないのかもしれない。ただ自分を哀れんで、守ろうとして、そばにいてくれたのかもしれない。

(でも、殺生丸さまは前にりんに言った。殺生丸さまがりんにとって何なのか、わかったらいえと。りんは、その答えをみつけたんじゃないかな・・・。殺生丸さまはりんにとって・・・りんにとってたった一人の・・・)

今度殺生丸にあったら言おう。これがりんの「答え」だと言おう。りんは、あなたが好きです、と。子供として言っているのではないのです。男の人として、りんは殺生丸さまが好きです。殺生丸さまともっと近づきたいです。殺生丸さまとずっと一緒にいたいです。りんはそう心に決めた。

しかし、いざ、殺生丸に会うと、なかなか言い出せなかった。殺生丸も、何年も前の話を覚えているのか、いないのか、「答え」をみつけたかどうか、一度もりんに尋ねたことはない。

(もしかして、殺生丸さまはあんな話、とっくに忘れているのかも・・・)
りんは殺生丸に自分の気持ちを言い出す機会を逸したまま、今日になってしまった。
りんは殺生丸の金色の瞳を見た。吸い込まれるような金の輝く瞳。しかし、その瞳の中にどんな感情も読み取れなかった。



「りんがお嫁にいけば・・・殺生丸さまもりんのこと気にしなくてすむね・・・着物とか、食べ物とか、りんの世話もやかなくてすむね・・人里にもう来なくてよくなるね・・・・やっぱり、りん、お嫁にいったほうがいいのかな・・・殺生丸さまに迷惑かけないように・・・」
「・・・誰が迷惑だといった?」
「だって、殺生丸さま、人里嫌いなのに、たびたび来てくれて。いろいろなおみやげまで持ってきてくれて・・・」
「りんが気にすることではない」
「でも・・・」
「私が望むからそうしている」
「え?」
「りん。お前は私に迷惑をかけているから、嫁にいくというのか?」
「だって・・・」
「ばかなことを」
殺生丸はりんの顔を覗き込んだ・
「りん。くだらんことを気にするな。お前が望むようにすればいいのだ」
「りんが望むように・・・」
「りん、お前は五平の嫁になりたいのか?」
「・・・いいえ」
「なりたくないのだな?」
「はい・・・」
「・・・五平を・・・好いとるのか?」
「いいえ、嫌いではないけど・・・その・・・好きとは違います」
「では、なおさら、嫁にいく必要なぞない」
「はい・・・」
「りん。お前はお前の好きにすればよいのだ。嫁にいきたくなければ行かなければよい」
「はい・・・」
「お前はお前の自由で選べばよい。お前がどうしたいのか・・それはお前が決めるのだ」
「殺生丸さま・・・」

(殺生丸さま、りんは・・・自由に選んでいいのなら、りんは・・・・殺生丸さまとずっと一緒にいたい・・・)

りんは殺生丸に今こそ自分の気持ちを伝えようと、殺生丸の顔をじっと見た。しかし、殺生丸の余りにも完璧な美しい顔を見ていると、なかなか切り出せなかった。

「殺生丸さま・・・りんは・・・」
「なんだ?」
「りんは・・・りんは殺生丸さまとこうして・・・一緒にいたいです・・・」
「・・・ならば、そうすればよい。お前が望むなら、私はいつまでもお前のそばにいる。こうして・・・」
殺生丸はりんを右腕の上に抱き上げて、その頬にそっと手を触れた。
「お前をいつも見守っている」
「殺生丸さま・・・・」

りんを見つめる殺生丸の金色の瞳がやさしくまたたいた気がした。

(それって、殺生丸さまもりんのこと好きってこと?それとも、その「好き」はりんの「好き」とは違うの?りんはまだ子供扱いかな・・・?)

そう思いながらも、殺生丸の瞳のいつにない優しさに、今はこのままでいいと、りんは言おうとしていた言葉を胸にしまった。

(今度、言おう。殺生丸さまに伝えよう。りんはもう子供ではありません。りんは殺生丸さまが好きです、って。口づけしたいくらい好きですって・・・)

りんは殺生丸の肩に頭を寄せた。

作品名:「好き」と「好き」 作家名:なつの