主花ログ詰め合わせ
「はい、花村。誕生日おめでとう」
その言葉と共に手渡されたのは綺麗な円を描いた、けれども一見して手作りと分かる、見るからに美味しそうな焼き色のついた一口サイズのクッキーの詰め合わせだった。
簡素ながらも丁寧にラッピングされたソレを無意識に受け取り、ぼんやりとしたまま殊更ゆっくりと視線を下ろす。透明なビニールに包まれたその中身は、女の子のプレゼントの様に色とりどりという訳ではなかったけれど、プレーンだからこその愛嬌と味わいがあると思う。
思わずにへら、と締まりのない顔をして漸く、俺の脳みそは事態を把握し処理し始めた。こんなに嬉しい事はない。
「ありがとな。家帰ってから、大事に食べるよ」
素直に感謝の意を告げると、折角夜なべして作ったんだからいつまでも大事に取っておくなよ、と笑われた。俺を何だと思ってるんだとも思ったが、よくよく考えれば可能性はなくもない。釘を刺されたからやらないけれども。いや、刺されずともやらないけれども。そこまで奇天烈な思考回路は持ち合わせてはいない筈だ。…まだ。
そんなこんなで事件やら何やらでそれ以外、らしい事は一切なく終わってしまった誕生日だったが、俺はそれだけで概ね満足してしまってそこにある意図に気付けなかった。気付いたのは翌日、アイツと話をしていた時だというのだから、自分の事ながら情けないやら歯痒いやら。
兎も角、話はこうだ。
昨日のプレゼントはどうだったか、とヤツは聞いて来たのだ。自分からこういった話題を振るのは珍しいなと思いつつも、手作りの、それも常日頃恩恵に与っている弁当の類とはまた違う意味、いわば特別ともいえるものならば気になるのも仕方ないだろう。こちらとしても貰ったものが食べ物ならば、一口なりとも食べて感想を言うのが礼儀だと思っている。一口どころか、あっという間に全部平らげてしまっていう台詞でもないけれど。
けれどもそれくらい、あのクッキーは美味しかったということだ。こんがりと程良く焼けた、サクサクの食感。程良い甘さというよりは、ほんのり甘い、優しい味がした。
それを素直に言うと、ヤツは少し照れたようにはにかんで、良かった、と一言小さく漏らすものだから、俺はどうにも気持ちを持て余してもう一度、有難うの意味も込めて美味しかったよ、とだけ告げた。声がほんの僅か、小さく震えていた事には気付かない振りをしたい。どうにも決まらずガッカリなのは仕様なのだ。仕方ない。
そんなこんなでこの話題はもう終わりだと思っていた――どうにも照れくさくて早く切り上げたかったというのもある――俺に、然しヤツはとんでも爆弾を落としていった。
「あれ、パッと見はプレーンタイプのクッキーだったけど、ちょっと違うと思わなかった?」
「は?」
「だから、味とか……色?とか。ちょっと普通のより色が違ったと思うんだけど」
言われてみれば確かに、味は兎も角、色はちょっと普通のと比べれたら違った様な気がしないでもない。食感も普段食べているクッキーとは若干違う気もしたが、美味しかったし手作りだからとスルーしていた。
嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る目の前の人物に続きを促す。ヤツは実に嬉しそうに楽しそうに、「あれ、豆腐のクッキーなんだよ」とのたまった。
瞬時にフリーズした俺をそれはそれは面白くて仕方がないとばかりに見詰めながら、もう一度ヤツはさながら小さな子供にもキチンと理解出来る様に、噛んで含ませるかの如く一言一句ご丁寧に区切って再度その恐ろしい言葉を吐いた。
「豆腐の、クッキーなんだよ。どうかなと思ったんだけど、美味しかったみたいで安心したよ。良かった、無駄にならなくて」
確信犯の笑みを浮かべながら、ヤツは小さく肩を揺らす。笑っているのだ。俺はあまりの事にただ茫然と眼前の男を震えながら見詰めるしか出来ない。
「お、おっ、おまっ…!!」
動揺する俺を他所に、ヤツはそれはそれはもう男でも思わず見惚れる様な素晴らしい笑顔で、
「おめでとう、花村。これでまた一つ、大人になったな」
と善意か悪意か判断付きかねる台詞を、俺に向かって放ったのだった。