隠部
2.地木流の一部
普段、地木流は特定の生徒や部員たちを贔屓などしない。
皆自分にとっては可愛い教え子たちであって、不公平などあってはならないのだ。
だが、その公平を壊す存在が現れた。サッカー部キャプテンであり、エースストライカーの幽谷博之だ。
彼は女性の体でありながら、自我が芽生えた頃から男性だと思っている「性同一性障害者」であった。つまり、他人から見れば女性であるが、自身は男性だと自認している心の病なのだ。
性同一性障害の治療は難しい。女の体として生まれたのだから、女になりなさいと言ってはいそうですかと変われるものではない。それだけで地木流にとって幽谷は特別視の対象者だ。
それが、最近思わぬ彼の一面を見ることになり幽谷に対する妙な警戒心が解けた。幽谷は同性、本人からすれば異性である好きな女の子に告白をしてふられたのだが、その断られ方がひどかった。
性同一性障害者に言ってはいけない言葉。「女の子だから」と言って断られたのだと言う。それが幽谷にとってどれほどの精神的苦痛を与えたか。それは本人にしか分からない問題だろう。
そんな辛いことを、両親や担任教師でなく、地木流にだけ話してくれたことが嬉しかった。彼にとって自分は誰よりも頼られている、特別な存在なのだと思うと自然と心にこみ上げるものがあった。
そうすると視線は気がつくと幽谷を追うことが多くなった。