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レモンの味

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 ガッ、ガリッ、ガリッ、ガリンッ、バリッ、ボリッ、ボリッ……。
 もぐもぐもぐ……。
 呆然とのばした手をそのままにアンディを見つめるウォルター。
 その目の前で、アンディが口の中で噛み砕いた飴をごくんと飲み込んで。
「……はい、時間終了」
 無情にもぼそりとそう告げる。
 ウォルターは下を向いてぶるぶると震える。
(うおおおおおっ……)
 泣ける。あんまりだ。そりゃねぇよ。
(俺まだ何もしてないのにっ……!!)
 抱きしめるどころか、触れてさえいない。
(ちくしょう、アンディの方がウワテか……!?)
 アンディは無表情で静かにウォルターの様子をうかがっている。平然として。
 なんかツワモノだ。
(……いやいや、ここで終わってなるものか……!!)
 闘志を燃やし、ウォルターは奥歯を噛み締め、アンディをにらみつける。
 そしてポケットを探った。
 ……あった。
 目的のものに手が触れて、ウォルターの目がきらりと輝く。
 それを手に乗せてアンディの目の前に差し出した。
 真顔を近付けて脅すように低めた声でぼそっと言う。
「……延長、お願いします」
 飴を見て、『また?』とか『まだ?』とかいうようにアンディの目が半分閉じられる。そして、うんざりといったように大きなため息を吐く。
「……こりないね、ウォルター」
「言っとくけどな、なめてる間って言ったんだぞ、俺もおまえも。今のは噛んだじゃん。ずるいぞ。今度はちゃんとなめろ!!」
「……」
 しばし黙って目をつりあげて必死の形相をしているウォルターを眺めていたアンディは、『仕方ないな』と小さくつぶやいて、飴を受け取って包み紙を剥がし出した。
 そこに指を突き付けて念を押す。
「いいか、ゆっくりなめろよ? 絶対に噛むんじゃねぇぞ。無くなったフリもダメだからな。いいな?」
 『うっ』と眉根を寄せて少しためらったアンディが、それでも覚悟を決めたのか、ゆっくりと飴を口に運ぶ。
 一度『いい』と言った以上、男らしくそれをひっくり返すことはない。
 カコンッ。
 飴が口に入ったのを見て、ウォルターはその場に膝をつき、手をのばすと、アンディの腕をつかんで体を引き寄せた。
 ぽすっ。
 小さな体が腕の中におさまる。抵抗はない。
(あー……)
 背中に腕を回して、もう片方の手で金色の頭を押さえ、体に埋め込むようにして抱きしめる。
 すっぽりと入る自分より小さな体とか、その柔らかさとか、その温かさとか、手に触れる髪の感触とか……とにかくすべてが。
 鼓動までも愛しい。
(癒される……)
 背中をゆっくりとなだめるように上から下へと撫で、サラサラの髪の毛の間に指を入れて軽く握りしめる。
 ふっくらした頬を触りたいところだが、早く飴を溶かしてしまおうとしているのか、飴が忙しなく右に左にと行き来しているのでできない。
 まぁいい。
 これでじゅうぶんだ。
 こうして抱いていると、守ってあげているようで、頼りにされているようで、自分が前より強くなったような感じがして、嬉しくてたまらないし、誇らしいような気持ちさえしてくる。
 切なくもあるし……なんとなく儚げだから、しっかりつかまえていないと、みたいな切なさもあるし……逆に『いてくれるんだ』という思いで安心もする。
 複雑な思いだが、先ほどのように気持ち悪いものではない。嫌なものではない。
 全部が『愛おしい』という思いにつながる。
 まぁ、『守ってあげてる』とか『頼りにされてる』とか、錯覚なんだけど。
 でも、少しは……なんて思う。
 我儘な自分の、自分に都合のいい解釈。
 それでも……こうしていると、不思議とそれでもいいと思えてくる。
 なんだっていいじゃないか。
 仕事のことだってどうでもいい。
 少なくともこういう時間を持てたことが……。
「ウォルター」
 しばらく黙ってコロンコロンと飴を口の中で転がしていたアンディが、それをやめて、名前を呼んだ。
 ウォルターは『ん?』と顔を上げる。
 床に膝をついているので、間近、少し上にアンディの顔がある。
「口、開けて」
「は?」
 驚いてポカンとする。そこに、アンディが顔を寄せてくる。ウォルターの頭を手で支えて顔を上向きで固定して。頬をかすって、唇が唇にたどりついた。
 っちゅ。
 カコンッ。
 硬直するウォルターの腕から逃れて体を離し、アンディは口を服の袖でぬぐう。はふ、と息を吐いて。
「……疲れたから、もうおしまい。じゃあね」
 そう言って、何事もなかったかのように、スタスタと歩いて去っていく。
(えええっ……)
 何か言おうと動かしかけたウォルターの口の中でコロンと飴が転がる。
(えええええっ……)
 何ソレ。何アイツ。何コレ。
 レモン味の飴。
 っていうか……。
(キスじゃん!!)







(おしまい)

作品名:レモンの味 作家名:野村弥広