守るべきもの
りんが怪我をした自分を気遣って、こんな行為に及んでくれるとは殺生丸にはうれしい驚きだった。しかし、自分の上で揺れながら息を乱していくりんを見て、殺生丸は自分の体を制御するのが難しかった。頭がしびれるようであった。
「ぐっ・・!」
殺生丸は我知らず声を漏らしてしまった。それほど、りんの中は熱く、殺生丸を翻弄した。殺生丸はりんの両頬に手を伸ばし、りんの顔を見つめた。りんが恥ずかしげに微笑んだ。その微笑は幼子の頃のようにあどけないのに、お前の体は私をくらえこんで離さない。私の心を根こそぎ抱えて離さない。と、何かが体の奥ではじけるような気配がする。りんの中がひくひくと痙攣する。
「りん・・・!」思わず愛しい妻の名を叫ぶ。殺生丸はそのまま沸点を迎えた。
「りん。大丈夫か?」
「殺生丸さまこそ・・・大丈夫?傷痛む?」
「もう痛まん。りんが治してくれた」
「りんが?」
「そうだ。お前を抱くとどんな傷でも治る」
「嘘ばっかり・・」
りんはくすくすと笑った。
「嘘ではない。りん・・・しかし、傷を負ってないときでも時々こうするがよい」
「え?」
「お前を下から見上げるのもたまにはよい」
「殺生丸さまったら・・・」
りんが頬を染める。
そんなりんを殺生丸はやさしく抱きしめた。
(人とは不思議なものだ。どんどん変わっていく。またたく間にいろいろなことを覚える。毎日違う姿をみせる。あの幼かったりんが、あっと言う間にしなやかな体をもつようになった。これほどあでやかな姿を見せるようになった。そして、りんをこれほど美しい妻にしたのは・・・私なのだ。徹頭徹尾、りんは男といえば私しか知らぬ。まぎれもなく私のための女なのだ・・・)
殺生丸は自分の体に寄り添っている妻の体を更に抱きしめた。
これほど小さく、かよわい、人間の妻。敵と戦う爪もなく、武器も持たぬ。ただやわらかで、あたたかい、人という存在。その儚い存在が、これほど殺生丸をとらえて、離さない。これほど殺生丸の心に、愛おしさを沸きあがらせる。他者と寄り添う喜びを、初めてりんが殺生丸に教えた。他者を思いやる気持ちを初めてりんが殺生丸の中に創り出した。守りたいものがある喜びと強さを、殺生丸に教えたのだ。
ふと、父を思い出した。天生牙を自分に残した父。癒しの刀を残した父。すべてを予見していたのだろうか。人間であるりんを得て、すべてを得る私を。真に望むものすべてを得る私を。
遠い昔、父は殺生丸に問うた。「お前に守るものがあるか」と。あの時は、なぜ、そんなものが必要なのか、父がなぜそんな問いを投げたのか、殺生丸には判らなかった。
(今なら・・・わかる。父上・・・)
守るものがあるからこそ、殺生丸は強くなる。更に強くなる。闘う意味を知る。勝者と敗者だけではない世界を知る。
横に置いた天生牙が殺生丸の心中に答えるように、やさしく震えたような気がした。