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輪廻

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室町時代。
 戦後の焼け野原にて――。

「被害の調査に来てみれば……なんだ、見知った顔があるじゃねえか。おい、生きてるか?」
「……ああ、お前か。久しい、な」

 幾度も幾度も、間を空けず起こる合戦。
 小競り合いから村、町、城まで巻き込んだ大合戦まで。
 人々は常に争いを続けていた。
 否、一部の人間達によって、続けさせられていたというべきだろうか。
 他人の土地や財産を毟り取るのが生き甲斐の、着飾って贅沢をして、普段は城の頂上に佇んでいる
だけの人間達に。
 そんな強欲な輩の為に、戦の度に多くの罪なき人々が無駄に命を捨てる事になってしまっている、
悲しい時代。
 屍の上に積み上げられた栄光に意味など持たない、穏やかにその日その日を暮らしたいだけの農民
や町民には、甚だ迷惑な時流だった。
 人々の嘆きを余所に、国盗り合戦は勢いを増しており、日々の暮らしも家族も友人も置き去りにして
戦場にかり出される男達の中には、当然顔見知りの者も多かった。
 雇われたのが別の城主だった為に、仲の良かった者を手に掛けねばならぬ者も数え切れない程いた。
 逆に言ってしまえば、隣接する国同士の諍いに巻き込まれた場合など、知り合い同士で殺し合いを
せずに済むなら幸せな方だったのだ。
 戦の済んだ合戦場で知り合いに出会う事も勿論あったけれども、その場合は大抵が、片方が死に瀕
しているか、既に屍となっているかのどちらかだった。

 この場、このときも、そうだった。

 先に声をかけた男は、黒い忍装束に身を包んだ、プロの忍者だった。
 男は口元の布を下げ、その場にしゃがみこむ。
 それから少し前傾姿勢をとって、足下にある顔に己の面を晒した。
 声だけでも誰だか解ったようだったけれども、見知った顔を見せられた事で、焼けた大地に転がって
いる男は得心したように、ふっと微笑んだ。
「……残念、だが、私は、ここまでの、ようだ。適当に、離脱する、つもり、だったが、最後に、火縄銃で、
腹をやられて、な……もう、ほとんど、感覚が、無いのだ……」
「戦忍でもねえ癖に、戦になんぞ出るからだ、この馬鹿たれい」
 淡々と語る相手に、黒装束の男が眉を潜めながら、懐かしい言葉を口にする。
「仕方ない、だろう……。私達は、雇われの、身……。手が、足りないと、言われれば、断れまい……。
 忍、だろうが、農民、だろうが……戦には、出ねば、ならん……」
「それで撃たれて死んじまうなんざ、つまらねえだろうに」
 足軽に与えられる簡素な具足など、火縄銃や石火矢などの火器の前では風除け程度の力しか持た
ない。
 勢いよく吐き出された鉄の固まりは武具と華奢な男の腹部を貫通し、彼に大量の血を流させた。
 話をしている今もなお、焦げた土の上に赤い血をそそぎ込んでいる。
「こんな、時代、だから、な……。つまるも、つまらないも、無い、だろうさ……」
 元々色の白い面が、殊更青白くなっていく。
 最期の時が近いことは、本人も自覚している。
 側にいる男にも伝わっているだろう。
 目を背けたくなる現実の中、撃たれた男の痛覚が麻痺してしまっている事だけが不幸中の幸いだった。
「何か、言いてえ事はあるか? 誰かに伝えておきてえ事とかよ」

 かつて、忍術学園で共に育った間柄。
 二人は誰よりも信頼出来る友人であり、少しばかりの間、それ以上の間柄でもあった。

 学園を出てからおよそ十年。
 立派な忍となる為、二人は最初の三年は連絡を完全に絶ち、それぞれに入城した先で、忍軍の一員と
なり、遮二無二働いた。
 鍛錬を積み、多くの仕事をこなした成果もあって、五年目には二人とも一流の忍者として世間に認知
され、指名仕事が途切れない程になった。
 七年が過ぎる頃、二人は時期を同じくして城を離れ、フリーの忍者として働き始めた。
 そして敵味方という立場の無い「自由の身」となった所で、互いがまだ健在であると知って、再び連絡
を取り合うようになったのだった。
 長い間離れていたが、不思議と溝は出来ておらず、すんなりと繋ぎは取れた。まるで離れていた時期
こそが不自然だったかのように。
 二人はもう身体こそ繋ぎはしなかったけれども、心が深いところで繋がっており、互いがある意味で
運命の相手であるという事だけは少しも疑わなかった。
 双方多忙の身の上だったので、再会した後もそう頻繁に連絡が取れる訳では無かったが、ふた月に
一度は直接会って近況報告をしたり、仕事の無い時には釣りや茶店巡りをするようになっていた。
 その後、九年が経つ頃には、学園時代の仲間の中にも行方知れずになった者が大勢出た。
 気になってそれぞれに聞き込みなどしてみれば、忍を辞めた者や、残念ながら故人となってしまった
者もいた。
 生き残りひっそりと暮らしていた者達も、誰もが明日はどうなるか解らない、いつ戦に召集されるか
解らないという状態で、日々を過ごしていたのだった。

 そして、十年目にして。
 また、一人――。

「無い、な……。私は、独り身、だし……死を、嘆いて、くれる、ような、者、も、お前以外、特に、いないし、
な……」
 ごほごほと咳込み、その都度血を吐きながらも、長く伸びた美しい黒髪を無造作に散らせた男は笑う。
 言葉はしっかりとしているが、瞳はもう、何処か遠くを観ているようだ。
「お前こそ、何か、言うことは、ないか……? よければ、あちらまで、持って行ってやる、ぞ……」
 そう返されて、黒装束の男は、ううむと唸ってから無精ひげのちらつく顎を掻いた。
「あー……そうだな。……もし、向こうであいつに逢ったらよ、そっちで精々鍛錬しとけって言っといて
くれるか。最後に手合わせした時は引き分けでな。まあ次は俺が死んだ後になるとしても、勝ち負け決
めねえと気分が悪りい」
 知りうる限り、先に逝ってしまった友人の一人を思い出しながら、彼は言った。
 名前を告げずとも誰の事を指しているのか伝わったようで、下の方から了解の声が返る。
「……っ、目、が、霞んで、来た……。いよいよ、お別れの、ようだ……」
 倒れたままの男はそれでも笑みは絶やさない。
 昔馴染みに弱みを見せたくないのかと言えば、そうではなかった。
 彼は昔の面影を残したまま、逝きたかったのだ。
 一時期とはいえ恋仲であった、今も愛しいと想う男の心に、傷を遺したくなかったのだ。
 弱々しく左の手を持ち上げて、彼は黒装束の男を捜す。
 それに気づいて黒装束の男は、白く冷たい手を取った。

作品名:輪廻 作家名:東雲 尊