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生まれ変わってもきっと・・・(後編)

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★10. 迷う騎士

エースは真っ暗な森の、木々の間から星を見上げている。
短く溜息を一つ吐くと、手にした剣を血振りして鞘に収めた。
さっきまで横になっていたテントは、誰かの放った刺客に襲われた時点で壊されてしまった。今夜はこのまま時間帯が変わるまで星を見て過ごすしかない。瓦礫と化したテントから赤いコートを引っ張り出すと袖を通す。
何の救いも無い殺伐とした過去と未来。安心する拠り所はこの世界の何処にも無く、こんな小さな居場所ですら奪われてしまう。真っ暗な中で血生臭い空気を吸いながら夜を明かす。だがそれを辛いと思ったことは無かった。
全ての物に執着しない。それが自分。人にも、物にも、場所にも。ただ一人の友さえ、自分が優越感に浸りたい為のものと言えなくも無い。

なのに、何時からだろう。気付くと目で追っていた。この世界にたった一人の余所者という存在を。会う毎に惹かれ、目が離せなくなる。最初は同じ空間に居るだけで満足だった。それが次第に視界に収めるだけでは足りないと感じる。この腕に捕らえ、そっと触れたいという欲望。触れたいのは髪から頬へ、そして唇へ。触れるだけでは足りないと、もっと彼女の熱を感じたいと思う。
だが、その欲求は拒絶された。
初めて執着した獲物を取り上げられそうになり、力尽くで奪い返す。そのまま誰にも邪魔されずに自分の思うがままに欲望を満たすために森の中へ連れ込んだ。優しく言葉をかけながら安心させる。この腕の中は大丈夫だと。力を抜いて身を任せていいと思わせるために。
より深く熱を求めて、自分の物と感じられるほどに彼女の奥深くまで入り込みたい。

――― 自分だけのものでいて欲しい

そう願うのに、腕の中で泣きながら抵抗し、爪を立ててきた余所者。だから少し腕の力を緩めて逃がしてやる。そうすれば遠くへ逃げては行かない。その愛しい存在をこれまで通りに見ていることが出来るならそれもいい。
彼女を好きになる前よりも、特別になったあの場所。
自分にとって余所者とは、真の闇の世界にただ一つの灯明。自分の帰る場所を指し示す光。物理的な意味合いでは無く、心の。
執着し、失いたくない対象があるという気持ちを知った。だがそれでも今日も心を偽り、誰かの壊れたハートを回収する。そうする事を望んだのは自分。壊れた時計に執着する意味など知らない方が、矛盾を知らずに生きて行けたのかも知れない。それでも今、たった一人でこんな状況に居ても心が温かいと感じる。不思議だ。これは何という名の感情なのだろう。
今でも、あの身体を抱き締めて深く口付けた感覚を思い出せば血が滾る。まだ全てを独占したいと思っているのだから。

エースは、先刻までベンチ代わりにしていた倒れた木の幹に寄り掛かりながら重くなる目蓋を閉じた。早く時計塔に戻りたいと思いながら。



★11. 狙われた余所者

目を開けると夕方の赤い光が部屋の中に差し込んでいた。両腕を思い切り上に伸びをするとベッドを下りる。
夜の時間帯にエリオットに言われたことを思い出した。まだ帽子屋の豪華な客室に居るという事は、滞在を許可されているということなのだという。アリスはそれが自分の理解する許可と微妙に違うニュアンスを感じたが、どういう事かよく判らない。わかるのは、当分または金輪際あの男には会いたくないと思っていることだ。怒りのスイッチが何処にあるかわからないというだけでも面倒なのに、それで殺される危険があるような人物との接触はお断りだ。
次の時間帯に送ってくれると言っていたエリオットを探すために部屋を出る。思ったより長居していることに、ユリウスが心配しているのではと気がかりになっていた。
廊下に出て、通りがかりのメイドにエリオットの所在を訊き、案内を頼む。双子達と一度ダイニングへ歩いたはずだが、全く覚えていない。考え事をしていたせいだろうか。此処はさっき通ったところではと思うくらいに同じ様な景色が続く。

「ねえ、どうして貴方達は迷子にならないの?」

アリスの素直な質問に、少し前を歩いていた顔無しは振り返る。

「迷子って、どうしてですか~?」
「えっ、だって同じ様な景色が続くんだもの。迷わないのかなって・・」

顔無しは何が可笑しいのかクスッと笑った。お嬢様はお客様ですから仕方ないですよと言って、ボスの許可が有る者は迷わないのだと言った。
(ここでも許可・・。許可って私の知っているあの許可?)

申し訳ありません。案内役の顔無しがエリオットの不在を詫びる。仕事で外出なのだから詫びる必要などないと言いながら庭まで案内してもらった。
一人で帰ることも考えたが、色々と気を遣わせてしまったエリオットに一言も無く去るわけにはいかない。
前回の散歩で見つけた小さな花のところへ小走りで行く。膝を突き、指で花に触れる。記憶に残る匂いと共に、エースの顔を思い出す。あれから会っていない。如何しているのだろう。城に帰っているのか、放浪しているのか。そこまで考えて、彼の前で大泣きしたことや何度もキスしてしまったことを思い出した。顔が熱くなる。甘い匂いのする指で唇に触れた。例え勢いとはいえあんなことになるとは。

「・・・・・ 何よ。」

足元の草を掴むと力を入れてブチブチと葉をちぎる。立ち上がりざまに、

「エースといい、あの男といい、頭がおかしいんじゃないのっ。」

そう言いながらむしり取った草を全力で水面に向って投げた。細かい葉がパラパラと水の上に落ちて行く。気が済まず、膝を伸ばしたままもう一度足元の草を掴む。その時視界の端に何かが見えた。エリオットが昼寝をしていて斧を打ち込まれた木。二十メートルそこそこしか離れていないそこに有る筈の無いもの。

(ブラッド・・)

自分の髪が邪魔ではっきりとは見えないが、白い上着の男が腕組みをして立っている。係わり合いたくない。気付かぬ振りで立ち去ることに決めた。
既に握り締めている草を引きちぎり水面へ投げ入れると、池の方に視線をやったままで歩き始める。このまま離れてしまえば暫く会わずに済む。客室に戻りエリオットの帰りを待てばいい。
左手に池を見ながら周囲を歩いて屋敷の方へ向かう。そのアリスを白い影が追い抜き、進行方向に回り込んで来た。少し前屈み気味で顔を覗き込みながら、その男は何か含みのある笑い顔で話しかけてくる。

「私を無視するとは良い度胸じゃないか、お嬢さん。」

「~~~~む、無視なんてしてないわ。気付かなかっただけよ!」

微妙に視線を外し、アリスは内心舌打ちしながらも白を切る。こういう時は空気を読んで声をかけてこないでよ、とは表情には微塵も出さず、驚く顔をしてみせる。我ながら嫌な奴だ。こんなことが容易に出来てしまう。ついでにブラッドの書斎でのトラブルも、本意ではないが頭を下げておくか・・・と話を切り出そうとした。正面から見上げた顔は、一目で機嫌が良いと判る。前の時間帯に殺すだの二度と来るなだのと言っていた筈だがと、少し驚く。今だって無視されたことを不満に思い追いかけて来たのではないのか。本当に解らない男だ。

「あの・・」