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生まれ変わってもきっと・・・(後編)

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言葉は途切れる。ブラッドの白い手袋を着けた手が、以前より短いアリスの髪を優しく掬うと、髪の匂いを嗅ぐしぐさで目の前に顔を寄せてきた。上目遣いで怪しく艶っぽく此方を窺っている整った顔はどんなアップにも耐える。喧嘩をしながらでも綺麗だと思った緑に青を含む瞳と、濃く長い睫毛に、一瞬状況を忘れ見惚れた。見る角度によってはキスしていると見えなくも無いほどの接近に、直ぐに我に返り、慌てて離れようと後ろへ下がる。だが、白い手袋が掬った髪を握る。髪が引っ張られて離れられない。
アリスはその場で固まってしまった。

「お嬢さん、堕ちた男を見るのは楽しいものなのか?」

息がかかるほどの近くから言われた言葉の意味が掴めずに黙る。

(何なのよ、もう!)


   

ブラッドはエリオットを引き連れて、商談相手の屋敷の長い廊下を歩いていた。そこの住人と擦れ違う。
銀色の腰までの髪。アイスブルーの瞳。白磁のような肌に白いシルクのドレスを纏う。住人は擦れ違い様に優雅な所作で挨拶をする。深窓のご令嬢と言うに相応しい彼女は、近づいてくる二人に気付いた一瞬、ほんの一瞬ブラッドを見て表情を変える。それは直ぐに消えて、ブラッドにもエリオットにも見えてはいないと思われた。そのまま何事も無かったかのように通り過ぎ、エリオットの後方へ離れていく。

(ブラッド・・・いいのかよ、このままで。)

エリオットは振り返りながら複雑な思いでいた。あの令嬢が自分の前を行く上司に気があることくらい、初対面で直ぐにわかった。それくらい彼女の視線は釘付けになっていた。二人だけで居るところを見たこともある。彼女は笑顔で何かを話している、それを見詰めるブラッドは、自分が知らない優しい顔をしていた。
ブラッドは無言で前を向いて歩く。
お互いの気持ちに気付いていても、それ以上踏み出せない事はある。彼女と自分もそうだ。一瞬で恋に落ち、次の一瞬でその末路まで見えてしまった恋。


余所者が開いていた本は彼の国の建築写真集だった。表紙は二人が唯一会話を交わしたことのある、彼女の屋敷の東屋。正方柱を結ぶ円弧以外は曲線を用いていないシンプルな設計のそれは、壁面の殆どを淡くくすんだオレンジ色の美しいレリーフ様の精緻なタイルで装飾された凝った造りで、緑の木々に囲まれた姿はまるで美術品といえる代物だった。
一度だけ、商談の時間がずれて待ち時間ができた時に案内された東屋で二人きりになったことがある。彼女の淹れた紅茶を飲み、他愛も無い会話をする。たったそれだけの思い出。テーブルを挟んで座る彼女。お互いがその存在だけを瞳に映す夢のような時間。触れることも叶わない相手が自分と同じ気持ちでいることが不思議だった。確かめ合ったわけでなくとも伝わる想い。
催し物で出合っても、令嬢とマフィアでは会話を交わせる関係ではなかったから、それっきりだった。
写真集は彼女の物だ。屋敷の主人を通して渡された。それがブラッドには、私を忘れないでと言われているような気がした。

彼女が自分の居る世界から消えた時、その世界の関連資料は全て書庫に移した。写真集以外は。
目に触れなければ記憶を引き出す機会が減り、その上に時間が降り積もって隠してくれる。徐々に鮮明さが失われ、思い出さなくなってゆくだろう。あれから何度世界が替わったのか。もうずっと、この手の面倒事を自然と避けてきた。詰まらないことに煩わされるほど無駄なことは無い。退屈ならば、割り切った関係で解消するのが自分には合っているのだ。
そうやって記憶の彼方に押しやった筈の彼女を思い出したのは、何十時間帯前だったか偶然探していた資料の中に彼女の名を見つけたからだった。引き戻された過去の想い。取り戻せない時間を思うと苛々する。今更と平静に努めるが、気持ちが荒む。


目の前の、一々気に障る余所者を慰み者として、気が済むまでこのまま手元に置いてしまうか。
アリスのライトグリーンの瞳を見ながら、ブラッドは物騒な事を考えていた。

「何言ってるのか解らないんだけど・・、とにかく放して。」
「そうだ、今から一緒にお茶にしないか? 一度、君とはゆっくり話してみたいと思っていたんだ。」

アリスの髪を手放すと、ブラッドは彼女を見下ろしながらゆっくりとした口調で話しかけてくる。なにか纏わり付くような粘着性な気配が言葉から漂って来ているようで警戒する。だが、男は誘いながら既に了解を得たように細い肩を抱き屋敷に向い始めた。
まだ行くと返事もしていないとアリスは言葉で抵抗するが、彼はにこやかに笑顔を見せながら肩を抱く手に力を籠める。

「君となら楽しい時間が過ごせそうだ。」

今度はその言葉に言外の嫌なものをはっきりと感じた。無理に立ち止まり、一緒には行かないと断ると、易々と抱き上げられる。足早に屋敷の中を歩く男。手足をバタつかせて下ろしてと叫ぶが、勿論聞き入れられるはずも無い。ブラッドの部屋までの長い廊下を一度も使用人たちに会わず、二人は寝室に入った。
ベッドの上に身体を下ろされる。アリスは直ぐに何かされるのかと目を瞑って身構えたが、特別何も起こらない。そっと目を開けようと思った時、耳元にバサッと何かを投げ落としたような音がして、軽く揺れた空気が頬を撫でた。驚いて目を開ける。真っ先に目に入ったのは、西からの赤い光の中でブラッドが既に上着を脱いでリボンも解いている姿だった。シャツの前も開けている。今は袖口のカフスを外しているところだ。
飛び起きると、本棚の見える書斎の方へ逃げ出した。

「無理だよ、お嬢さん。」

気だるげな声が背中に聞こえたが、構わず先刻入って来た扉を目指して走る。ハンドルに縋り付き回して開けようとするが扉は開かない。鍵も見当たらずパニックになる。

「誰か!開けて!!此処を開けて!」

ブラッドは扉を叩きながら大きな声で叫ぶアリスを後ろから抱き締め、耳元に口を寄せる。

「そんなに大きい声を出すものじゃない。私が聴きたいのはそんな声じゃないんだ、お嬢さん。」

腕を振り解こうと身体を捻りながら、何度も放してと強く抵抗するアリスの唇を塞ぐ。男の腕に頭部を押し付けられ長い指で顎を掴み上げ、まるで天井でも見るような無理な体勢での長いキスに息が続かない。苦しくて抵抗するだけまた苦しくなる。
自分の胸にもたれ、唇を開放され一心に息を吸うアリスを見ながらブラッドは眉根を寄せる。それは何か納得が行かないという表情で。
それでも彼女を抱き上げ寝室に戻る。ベッドに寝かせると、自分は端に腰を下ろす。片手を突き、アリスを見下ろしながら彼女の身体の下に手を入れてエプロンの紐を引っ張り、胸当ての生地を指で引っ掛けてずらすと、青いワンピースのボタンを片手で外していく。
アリスは硬直したまま目を閉じて、されるがままになっている。その身体の上に上半身を倒し、細かく震える身体を抱き締めた。横向きになりながら不機嫌に囁く。

「もう何もしない。安心しろ。」

ブラッドの胸の辺りから小さくすすり泣く声が聞こえた。その声を聞きながら溜息を吐く。

(なんだ、この面倒くさい女は・・・)



★12. 最低の誤解